糖尿病保護効果を示すGLP-1受容体のバリアントR131Qの立体構造解析とヒトiPSC解析
2026年10月27日患者・一般
発表のポイント
- GLP-1受容体のR131Qというアミノ酸の変化について分子動力学シミュレーションとヒトiPS細胞を用いた刺激実験を行いました。
- 分子動力学シミュレーションではR131Qの有無で立体構造が異なること、シグナル伝達に重要な部位でのアミノ酸接触が組み変わっていることを発見しました。
- 細胞実験ではR131Qをもつ膵β様細胞で、成熟や代謝に関わる指標が高い傾向を示しました。また、膵内分泌細胞の前駆細胞にエキセンディン4を加えるとミトコンドリアや抗酸化応答の遺伝子発現上昇をとらえました。
研究概要
東京大学病院 糖尿病・代謝内科の加藤貴史助教、東京大学大学院医学系研究科の山内敏正教授らの研究グループは、糖尿病・肥満症治療薬の標的であるGLP-1受容体(注1)のR131Qバリアント(注2)が、受容体内部の接触の変化と膵細胞の応答に関わることを示しました。合計22.8マイクロ秒の分子動力学シミュレーション(注3)により、バリアントから離れた結合部位まで至る構造の変化を捉えました。変化の現れ方はGLP-1の結合の有無で異なりました。特にシグナル伝達につながる膜貫通ドメイン6, 7領域(TM6, 7)でアミノ酸接触ペアが組み変わっていることを発見しました。
ヒトiPS細胞由来の膵細胞モデル(注4)では、R131Qをもつ細胞で、成熟やミトコンドリア(注5)、抗酸化応答(注6)に関わる指標が高くなることも確認しました。本成果は、受容体の遺伝的な違いを構造と細胞の両面から理解する手がかりとなります。研究成果は2026年5月16日に国際学術誌「Journal of Molecular Graphics and Modelling」にオンライン掲載されました。
研究内容
1.研究の背景
GLP-1受容体は、食後に分泌されるホルモンGLP-1を受け取り、膵臓のβ細胞からのインスリン分泌などに関わるタンパク質です。この受容体に働く薬は、2型糖尿病や肥満症の治療に使われていますが、効果には個人差があります。受容体をつくるアミノ酸のたった1つの違いが、その一因となる可能性があります。
R131Qは、受容体を構成する131番目のアミノ酸がアルギニンからグルタミンに置き換わるバリアントで、日本人で高頻度に存在します(約18%)。この小さな違いが二型糖尿病に対し保護的効果をもたらすことが過去の複数の研究でわかっています。しかし受容体の立体構造の変化や膵細胞の状態にどう関わるかは、十分に分かっていませんでした。
2.研究成果
我々の研究グループは、通常型とR131Qについて、GLP-1が結合している状態と結合していない状態の4条件を比較しました。原子の動きを追跡する分子動力学シミュレーションを各条件で8~11回、合計38回行い、総計22.8マイクロ秒の構造変化を解析しました。さらにヒトiPS細胞から膵細胞モデルを作り、R131Qの有無による違いを調べました。
GLP-1が結合していない状態では、R131Qによって131番目のアミノ酸と376番目のアミノ酸が新規に接触する現象がとらえられました。これは通常型では一切みられない現象でした。しかし受容体の機能に影響するような大きな構造変化はみられませんでした。
GLP-1が結合した状態では131番目のアミノ酸と周囲をつなぎ留める力が弱まり、GLP-1との接触面や、GLP-1の先端が入り込む深い結合部位でも、接触の組み合わせが変化しました。その結合部位はシグナル伝達に重要な膜貫通ドメイン6, 7(TM6, 7)とよばれる領域で、受容体の機能に立体構造変化が影響している可能性が示唆されました。
細胞実験では、R131Qをもつ膵β様細胞で、細胞の成熟や代謝に関わる指標が高い傾向を示しました。また、膵内分泌細胞の前駆細胞にGLP-1受容体を刺激するエキセンディン4を加えると、ミトコンドリアや抗酸化応答に関連する遺伝子の発現上昇などが認められました。

図1:R131Qに伴うGLP-1受容体内部の接触の変化
左図:GLP-1、変異位置131、膜貫通領域TM6・TM7の位置を、右に通常型とR131Qの間でみられた受容体内部のアミノ酸間接触の変化を示す。
右図:暖色ほど接触頻度の変化が大きい。変化は変異位置の周囲だけでなく、離れたTM6・TM7側にもみられた。
3.社会的意義と今後の展望
今回の成果は、受容体の1か所のアミノ酸の違いを、受容体全体の動きと膵細胞の応答の両面から捉えたものです。薬の効き方の個人差を理解するうえで、遺伝子の違いによって受容体のどの部分がどう変化するかを調べる重要性を示しています。
一方、観測された個々の接触の変化が、細胞の応答を直接引き起こすことまでは確かめられていません。今後、関係するアミノ酸を選択的に変える実験などを通じて構造と機能のつながりを調べ、受容体の違いを考慮した薬剤設計の基盤づくりを目指します。
論文情報
雑誌名
Journal of Molecular Graphics and Modelling
論文タイトル
GLP-1R R131Q links long-range conformational remodeling to cellular stress phenotypes
著者
Takashi Kato, Noriko Inomata, Keiko Serizawa, Yoshinori Matsuo, Misato Oguchi, Satoshi Kuranami, Yoshitaka Sakurai, Tomohisa Aoyama, Ken Suzuki, Nobuhiro Shojima, Toshimasa Yamauchi*
(*責任著者)
DOI
10.1016/j.jmgm.2026.109445
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.jmgm.2026.109445
掲載日
2026年5月16日(オンライン公開)
研究者
加藤 貴史(東京大学病院 糖尿病・代謝内科 助教)
用語解説
(注1)GLP-1受容体:
血糖調節に関わるホルモンGLP-1を受け取るタンパク質です。膵臓のβ細胞などにあり、GLP-1が結合するとインスリン分泌に関わる信号を細胞内へ伝えます
(注2)R131Qバリアント:
GLP-1受容体の131番目のアミノ酸が、アルギニン(R)からグルタミン(Q)に置き換わる遺伝子配列の違いです。
(注3)分子動力学シミュレーション:
コンピューター上で、タンパク質や水などを構成する全原子の動きを計算する方法です。
(注4)ヒトiPS細胞由来の膵細胞モデル:
さまざまな細胞に変化できるヒトiPS細胞から、膵臓の細胞に似た細胞を作った実験モデルです。
(注5)ミトコンドリア:
細胞内でエネルギー産生などを担う小器官です。膵β細胞では、栄養から得たエネルギーとインスリン分泌を結びつける働きにも関わります。
(注6)抗酸化応答:
活性酸素などによって細胞が傷つくのを防ぐための反応です。

