痛みの治療に新視点 ― 慢性疼痛とADHD症状の関連を全国調査で解明

2025年06月11日患者・一般

発表のポイント


  • 過去4週間に痛みを経験した全国の成人4,028人を対象にした調査で、ADHD症状が、強い慢性疼痛と有意に関連することを明らかにしました。
  • 一般住民を対象に、ADHD症状と慢性疼痛の関係を詳細に解析した疫学研究として世界初の成果です。
  • ADHDのスクリーニングと治療が、難治性慢性疼痛の新たな介入手段となる可能性があり、医療現場や政策面での応用が期待されます。

研究概要

本研究では、過去4週間に痛みを経験した全国の成人4,028人を対象に、注意欠如・多動症(ADHD)および自閉スペクトラム症(ASD)の症状と慢性疼痛との関連を調査しました。

その結果、ADHD症状を有する人では、痛みが長引きやすく、痛みの強度も高くなる傾向が統計的に有意に認められました。特に、極めて強い痛みを訴える人のうち38.3%がADHDのスクリーニングで陽性となり、一般的な有病率を大きく上回りました。一方、ASD症状と痛みとの関連は見られませんでした。

これらの結果から、ADHD症状は慢性疼痛のリスク因子であり、ADHDのスクリーニングと適切な治療が慢性疼痛の新たな介入手段となる可能性が示唆されます。発達特性と慢性疼痛の関連を示す世界初の大規模疫学研究として、臨床・政策の両面での応用が期待されます。

研究内容

1.研究の背景

慢性疼痛は日本人の15〜20%が抱えるとされる重大な健康問題であり、生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく、医療費や労働生産性の損失など社会経済的負担も大きいことが知られています。近年では、従来の身体的な要因だけでなく、心理的・社会的要因や神経発達特性も慢性疼痛の発症・持続に関与していると考えられるようになってきました。

特にADHD(注意欠如・多動症)は、神経伝達物質であるドパミンやノルアドレナリンの機能異常を伴う発達障害であり、これらは痛みの知覚や調整にも深く関与していることが基礎研究により示唆されています。しかし、一般住民を対象としてADHD症状と慢性疼痛の関連を明らかにした疫学研究は、これまで存在していませんでした。

2.研究成果

本研究では、全国の成人4,028人を対象に、過去4週間に痛みを経験した方々の症状とADHD・ASD(自閉スペクトラム症)との関連を調査しました。ADHD症状は世界保健機関が推奨する自己評価尺度(ASRS)(注1)により評価し、痛みの強さは数値評価スケール(NRS、注2)で測定しました。

その結果、慢性疼痛群(痛みが3か月以上持続する群)では、ADHD症状のスコアが非慢性群に比べて有意に高く、特に痛みの強さが増すごとにADHDスクリーニング陽性率が上昇していました。極度の痛み(NRS 9〜10)を訴える慢性疼痛患者のうち38.3%がADHD陽性と判定されており、一般人口のADHD推定有病率(約5〜7%)を大きく上回る結果となりました(図1)。

一方で、ASD症状については慢性疼痛との明確な関連は認められませんでした。さらに、パス解析(注3)により、ADHD症状が精神的健康における問題(うつ・不安など)とは独立して、慢性疼痛の慢性化・重症化に関与していることが確認されました(図2)。

痛みの強さとADHD・ASD陽性率の関係

図1 痛みの強さとADHD・ASD陽性率の関係
図は、痛みの強さ(数値評価スケール:NRS)に応じて、ADHDおよびASDのスクリーニングで陽性と判定された人の割合を、全体・非慢性疼痛群・慢性疼痛群に分けて示しています。ADHDについては、痛みが強くなるにつれて陽性率が上昇しており、特にとくに慢性疼痛を持つ人の中ではこの傾向が顕著です。最も強い痛み(NRSスコア9~10)を訴えた慢性疼痛群では、ADHDスクリーニング陽性率が38.3%に達しました。一方、ASDの陽性率は痛みの強さに関係なく各群でほぼ一定であり、痛みとの関連は見られませんでした。この結果は、強く長引く痛みを抱える人には、ADHDの傾向がある人が多い可能性を示しています。


ADHD症状と慢性疼痛の関連(パス解析)

図2 ADHD症状と慢性疼痛の関連(パス解析)
図は、ADHDの症状が慢性疼痛(痛みの強さや持続性)にどのように関係しているかを統計的に分析した結果を示しています。ADHD症状は、痛みに直接影響を与えるだけでなく、精神的な健康問題(不安やうつなど)を通じて間接的にも影響していることが明らかになりました。ADHD症状から慢性疼痛への全体的な影響の強さ(パス係数)は0.26であり、精神的健康からの影響(0.09)よりも大きいという結果です。つまり、ADHDの傾向がある人は、精神的な不調を伴わなくても痛みを感じやすく、慢性化しやすい可能性があります。これらの結果から、ADHDに対する治療は、精神面の改善に加え、ADHD症状そのものを通じて慢性疼痛の緩和にもつながる可能性があることが示唆されます。

3.社会的意義や今後の展望

本研究は、一般住民を対象にADHD症状と慢性疼痛の関連性を統計学的に明らかにした世界初の大規模疫学研究であり、これまでの「見過ごされがちだった発達特性(注4)」と「痛み」の関係に新たな視点を提供しました。

特に、ADHDの治療が慢性疼痛の軽減につながる可能性を示した点は、臨床医療や保健政策の現場にとって大きな意味を持ちます。現在、成人ADHDの多くは未診断・未治療のままであることが多く、疼痛症状の背後に潜むADHDの可能性を適切に評価することは、患者のQOL向上と医療資源の最適化に直結します。今後は、ADHD診断の確認を伴う前向き研究や、薬物治療による疼痛改善効果の検証が期待されます。

本研究の成果は、精神科、ペインクリニック、整形外科、産業医療、福祉政策など多分野にわたる専門家にとって有益であり、慢性疼痛への包括的かつ多角的なアプローチの必要性を改めて示すものです。

論文情報

雑誌名

Scientific Reports

論文タイトル

Correlation between attention deficit/hyperactivity disorder and chronic pain: a survey of adults in Japan

著者

Satoshi Kasahara*, Takahiko Yoshimoto, Hiroyuki Oka, Naoko Sato, Taito Morita, Shin-Ichi Niwa, Kanji Uchida, Ko Matsudaira(*責任著者)

DOI

10.1038/s41598-025-95864-4

掲載日

2025年4月16日(オンライン)

研究者

笠原 諭(東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 特任臨床医)
佐藤 直子(東京大学医学部附属病院 看護部 看護師)
岡 敬之(東京大学大学院医学系研究科 運動器AIシステム開発学講座 特任准教授)
内田 寛治(東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 教授)

共同研究機関

昭和大学
福島県立医科大学

研究助成

本研究は、厚生労働省科学研究費補助金(19FG1001、22FG1002)、文部科学省科学研究費助成事業(科研費:JP20K07755、JP24K13083)の支援を受けて実施しました。

用語解説

(注1)自己評価尺度(ASRS:Adult ADHD Self-Report Scale)
日本語では「成人ADHD自己記入式スクリーニング尺度」で、世界保健機関(WHO)が開発した成人のADHD(注意欠如・多動症)症状を評価するための質問票です。日常生活における注意力や衝動性に関する質問に自己回答する形式で、簡便にADHDの傾向をスクリーニングできます。本研究では、その中でも6項目版の「スクリーナー」を用いて評価を行いました。

(注2)数値評価スケール(NRS:Numerical Rating Scale)
痛みの強さを評価するための数値評価スケールです。患者自身が感じている痛みを「0(痛みなし)」から「10(これまでで最も強い痛み)」までの11段階で自己評価します。簡便で再現性が高いため、臨床や研究で広く用いられています。

(注3)パス解析(Path Analysis)
複数の要因がどのように影響し合っているかを視覚的かつ統計的に分析する手法です。ある要因が別の要因に「直接」影響を与えているか、または「間接的に(他の要因を介して)」影響しているかを数値で示すことができます。

(注4)発達特性
生まれつきの脳の働き方や感じ方、考え方の傾向を指す言葉で、発達障害の診断があるかどうかにかかわらず、個人がもつ認知・行動・感覚の特徴を広く含みます。注意の向け方やこだわりの強さ、人との関わり方などに影響し、周囲との環境の違いによって困難を感じることがあります。本研究では、ADHDやASDの傾向も含めて「発達特性」と表現しています。