ベルツ賞受賞 戸田達史教授(脳神経内科)
2024年12月12日研究
脳神経内科 戸田達史教授の論文「福山型筋ジストロフィーを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明・治療に関する研究」が第61回ベルツ賞で1等賞を受賞しました。
ベルツ賞は、1964年にベーリンガーインゲルハイム社によって創設された伝統のある日本国内の医学賞です。日本の近代医学の発展に大きな功績を残したドイツ人医師ベルツ博士の名を冠して、正式にはエルウィン・フォン・ベルツ賞と名付けられています。ベルツ博士は東大病院とも深い縁があります。1876年、東京医学校(東京大学医学部の前身)の教師としてドイツから招かれ、翌1877年から東京大学医学部で内科学を教授指導し数多くの医師を育てました。
受賞論文について
ベルツ賞は、毎年時宜に応じたテーマで論文の募集が行われ、優れた論文に授与される医学賞です。今年は「ゲノム医学と医療」というテーマで9篇の論文が審査されました。その結果、戸田達史教授の「福山型筋ジストロフィーを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明・治療に関する研究」が高く評価され、第61回ベルツ賞で 1等賞を受賞するに至りました。
戸田教授は、1960年に東大病院から報告された福山型筋ジストロフィーという遺伝性難病の原因解明からその発症機構の同定、さらにはRNAスプライシング異常を是正する核酸医薬が臨床試験に入っており、医療展開まで見据えたスコープの広い研究であることが評価されました。
福山型筋ジストロフィー(FCMD)は、筋ジストロフィー、眼疾患、脳奇形を特徴とする常染色体潜性遺伝病であり、起立・歩行機能を獲得することが無い最重症型で、日本に特異的に多いが、治療法もなく原因も不明でした。筋疾患でありながら中枢系の異常を伴うという病型の認知まで長時間を要した謎に満ちた疾患でした。
本研究によりFCMDを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明と新しい糖鎖の発見がなされ、日本発の学術的な貢献がなされました。戸田教授らは、FCMDの原因遺伝子フクチンを、患者集めから始め分子遺伝学的手法により同定し、本疾患の遺伝子診断、出生前診断、そして正確な病型分類を可能にしました。その後遺伝子異常の発生するメカニズム、スプライシング異常の詳細が明らかにされました。一方、故・遠藤玉夫博士によって発見された新規糖鎖O-マンノース型糖鎖(O-Man型糖鎖)の糖鎖生合成の解明を目指した研究の過程で共同研究により、「糖鎖と筋ジス」の関係を明らかにしました。これは神経内科、筋疾患分野、および糖鎖科学分野、いずれの研究者も全く想像しなかった結びつきでした。この共同研究は、FCMDおよびその類縁疾患は糖鎖合成の異常による疾患ではないか、とのパラダイムシフトを引き起こし、FCMDの病態解明への道を切り拓きました。その結果、これまで人体で報告のないリビトールリン酸のタンデム構造の形成不全が、FCMDおよび類縁疾患(肢帯型筋ジストロフィーなど)の本態であるという驚嘆すべき発見に至りました。そして、これら疾患群は、中枢—末梢神経系、眼、骨格筋に共通して存在するO-Man型糖鎖の合成異常症であることが解明されました。
本研究は、基礎レベルから糖鎖合成異常症について系統的な疾患の謎を解き明かすという学術的に大きな貢献をしました。また、リビトールなどの新しい糖鎖の発見およびその生理的な意義の確立は、生体物質である糖鎖の存在意義を一段と高めました。さらに本成果は、アンチセンス療法、糖薬物治療等、不治の難病、筋ジストロフィーに対する根本的な治療法開発に寄与することが期待されるものであり、実際に薬事承認を目指してアンチセンス核酸NS035の臨床試験中であり、学術的意義のみならず臨床的意義も高いものです。
【受賞のコメント】
このたびの受賞は長年に亘り、ご指導をいただきました恩師の先生方、共同研究者の先生方、また私と共に苦楽を共に研究を進めてくれた教室の方々のお陰であり、この機会に心より感謝しまた厚くお礼申し上げます。このたびのベルツ賞受賞を大きな励みとして、さらに高い目標に向かって研究を進めるべく一層精進するとともに、教室の次世代を担う多数の優秀な研究者の育成に一層の努力を傾けたいと考えています。
福山型は我が国で初めて(東大病院から)報告された疾患であり(Fukuyama, Y., et al. A peculiar form of congenital progressive muscular dystrophy. Report of fifteen cases. Paediatria Universitatis Tokyo. 1960; 4: 5-8.)、患者数も多く、我が国の研究により、治療法開発をすすめることは我々の責務である、と考えます。これら一連の研究は、ゲノム医学の手法を用いて難治疾患の遺伝子同定、「糖鎖と筋ジス」という病態機序を明らかにし、治療法のない疾患の治療法を開発しました。まさにゲノム医学・医療のテーマに合った研究であると考えます。神経内科学・分子遺伝学から入った研究が、糖鎖生物学を追求していた故・遠藤先生と思わぬことからつながり、「筋ジストロフィーと糖鎖」という新しい分野を共同で切り開くことができました。治療に向けてこれからも精進していきたいと思いますのでよろしくお願いします。(戸田達史)
主な論文
1. Toda, T., Segawa, M., Nomura, Y., et al. Localization of a gene for Fukuyama type congenital muscular dystrophy to chromosome 9q31-33. Nature Genet., 5, 283-286, 1993.
2. Kobayashi, K., Nakahori, Y., Miyake, M., Matsumura, K., Kondo-Iida, E., Nomura, Y., Segawa, M., Yoshioka, M., Saito, K., Osawa, M., Hamano, K., Sakakihara, Y., Nonaka, I., Nakagome, Y., Kanazawa, I., Nakamura, Y., Tokunaga, K., and Toda T. An ancient retrotransposal insertion causes Fukuyama-type congenital muscular dystrophy. Nature, 394, 388-392, 1998.
3. Yoshida, A., Kobayashi, K., Manya, H., Taniguchi, K., Kano, H., Mizuno, M., Inazu, T., Mitsuhashi, H., Takahashi, S., Takeuchi, M., Herrmann, R., Straub, V., Talim, B., Voit, T., Topaloglu, H., Toda, T., and Endo, T. Muscular dystrophy and neuronal migration disorder caused by mutations in a glycosyltransferase, POMGnT1. Dev. Cell, 1, 717-724, 2001. Toda and Endo (co-corresponding)
4. Sato, S., Omori, Y., Katoh, K., Toda, T., Usukura, J., Tano, Y., Fujikado, T., and Furukawa, T. Pikachurin, a dystroglycan ligand, is essential for photoreceptor ribbon synapse formation. Nature Neurosci., 11, 923-931, 2008.
5. Taniguchi-Ikeda, M., Kobayashi, K., Kanagawa, M., Yu, CC., Mori, K., Oda, T., Kuga, A., Kurahashi, H., Akman, HO., DiMauro, S., Kaji, R., Yokota, T., Takeda, S., and Toda, T. Pathogenic exon-trapping by SVA retrotransposon and rescue in Fukuyama muscular dystrophy. Nature, 478, 127-131, 2011.
6. Kuga, A., Kanagawa, M., Sudo, A., Toda, T. Absence of post-phosphoryl modification in dystroglycanopathy mouse models and wild-type tissues expressing a non-laminin binding form of alpha-dystroglycan. J. Biol. Chem., 287, 9560-9567, 2012.
7. Kanagawa, M., Yu, CC., Ito, C., Toda, T. Impaired viability of muscle precursor cells in muscular dystrophy with glycosylation defects and amelioration of its severe phenotype by limited gene expression. Hum. Mol. Genet., 22, 3003-3015, 2013.
8. Kanagawa, M., Kobayashi, K., Tajiri, M., Manya, H., Kuga, A., Yamaguchi, Y., Akasaka-Manya, K., Furukawa, J., Mizuno, M., Kawakami, H., Shinohara, Y., Wada, Y., Endo, T., and Toda, T. Identification of a Post-translational Modification with Ribitol-Phosphate and Its Defect in Muscular Dystrophy. Cell Rep., 14, 2209-2223, 2016.
9. Sudo, A., Kanagawa, M., Kondo, M., Toda, T. Temporal requirement of dystroglycan glycosylation during brain development and rescue of severe cortical dysplasia via gene delivery in the fetal stage. Hum. Mol. Genet., 27, 1174-1185, 2018.
10. Ujihara, Y., Kanagawa, M., Mohri, S., Takatsu, S., Kobayashi, K., Toda, T., Naruse, K., Katanosaka, Y.. Elimination of fukutin reveals cellular and molecular pathomechanisms in muscular dystrophy-associated heart failure. Nature Commun., 10, 5754, 2019.
11. Tokuoka, H., Imae, R., Nakashima, H., Toda, T. CDP-ribitol prodrug treatment ameliorates ISPD-deficient muscular dystrophy mouse model. Nature Commun., 13, 1847, 2022.