世界最大のビッグデータと機械学習が解き明かす、2型糖尿病の遺伝によるリスクの多様性
2024年06月10日患者・一般
―同じ糖尿病でも合併症の起こりやすさは違う!―
発表のポイント
- 世界最大規模の2型糖尿病の遺伝研究を行い、250万人分のデータを解析し、2型糖尿病のリスクに関わる1,289個の遺伝的な要因を特定しました。機械学習を使って、肥満やインスリン分泌に与える影響に基づき、これらの遺伝的要因を8つのグループに分類しました。
- 肥満に関わる遺伝的要因は、透析が必要な重い腎臓病や、心臓病などの糖尿病の合併症のリスクを高めることがわかりました。一方で、インスリンの分泌を下げる遺伝的要因は、これらの合併症のリスクを高めないことも明らかになりました。
- この研究成果は、遺伝情報を活用して、2型糖尿病患者さん一人ひとりの合併症のリスクに合わせた治療を行う「個別化医療」の実現につながると期待されます。
研究概要
東京大学 医学部附属病院の鈴木顕助教、大学院医学系研究科の山内敏正教授、岡田随象教授(大阪大学大学院医学系研究科、理化学研究所を兼務)、大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授、虎の門病院の門脇孝院長(東京大学名誉教授)らの研究チームは、世界中の研究者と協力して、2型糖尿病の遺伝的な原因を探る大規模な研究を行いました。この研究では、250万人の遺伝情報を分析し、2型糖尿病のリスクに関わる1,289個の遺伝的な要因を見つけました。さらに、機械学習技術を使って、それぞれの遺伝的要因が、肥満やインスリンの分泌、血圧などの体の特徴に与える影響に基づき、これらの遺伝的要因を8つのグループに分類しました。1つ1つのヒトの細胞を詳しく調べたデータベースを使って解析を行った結果、これまで糖尿病との関連が知られていた膵臓や脂肪に加えて、血管、腸、脳などの細胞も2型糖尿病に関わることがわかりました。さらに、数多くの遺伝的要因が足し合わさって病気のリスクを高める影響を計算する方法(ポリジェニック・スコア)を使って分析したところ、肥満に関わる遺伝的要因は、透析が必要な重い腎臓病や、心臓の血管の病気のリスクを高める一方で、インスリンの分泌を下げる遺伝的要因は、これらの合併症のリスクを高めないことも分かりました。これらの発見は、将来、患者さん一人ひとりの遺伝的な特徴を考慮した2型糖尿病の治療の実現につながる可能性があります。
研究内容
この研究では、2型糖尿病と関わるゲノム上(注1)の遺伝的要因を特定するため、250万人分(内、2型糖尿病症例43万人)の遺伝情報を含む136の大規模ゲノムワイド関連解析(注2)の結果を統合して解析しました。その結果、1,289個の遺伝的要因が2型糖尿病に関係していることが分かりました。次に、これらの遺伝的要因が、肥満、体脂肪量、血圧などの体に関する特徴にどのような影響を及ぼすかを調べ、それに基づいてK平均クラスタリング法(注3)という機械学習技術を用いて8つのグループに分類しました(図1)。例えば、ある遺伝的要因のグループは、インスリンの分泌を減らし、インスリンの前駆体であるプロインスリンの分泌を増やし、血糖値を上げる働きがありました。一方で別の遺伝的要因のグループは、インスリンとプロインスリン両方の分泌を下げ、血糖値を上げる働きがありました。他にも、体脂肪を増やすグループ、内臓脂肪や血液中の中性脂肪、血圧を上げるメタボリック・シンドローム(注4)のグループ、肥満に関わるグループ、皮下脂肪を減らすグループ、肝臓の脂肪や酵素に影響を与えるグループなどがありました。このように、2型糖尿病に関連する遺伝的要因には、様々な働きがあり、2型糖尿病発症に複雑に関与していることが分かりました。
次に、研究チームは、1細胞レベルで開いているゲノム領域を調査したデータベースを利用して、2型糖尿病の遺伝的要因が作用する細胞の種類を特定しました。ゲノムはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて、毛玉のように密集して閉じていますが、遺伝情報が活用される際などにはヒストンがほどけゲノムが開くことが知られています。240万個の細胞からなる328種類の細胞種のデータを対象に解析した結果、以下のことが分かりました。
- インスリン分泌に関連する遺伝的要因は、膵臓のランゲルハンス島細胞という、血糖値を調節するホルモンを分泌する細胞で開いているゲノム領域に集中していました。
- 皮下脂肪減少に関連する遺伝的要因は、脂肪細胞で活発なゲノム領域に集中していました。
- 血管の細胞で開いているゲノム領域には、メタボリック・シンドロームに関連する遺伝的要因が集中していました。
- 腸の内分泌細胞には、インスリンとプロインスリンの分泌を下げる遺伝的要因が集中していました。
- 肥満やメタボリック・シンドロームに関連する遺伝的要因は、食欲に関わる脳内の神経細胞にも集中していることが新たに分かりました。
さらに、研究チームは2型糖尿病に関連する遺伝的要因の8つのグループのそれぞれについて、2型糖尿病が原因で起こる他の病気(合併症)のリスクにどの程度影響するかを調べました。まず、各グループに属する遺伝的要因だけを使って「遺伝的リスク値」を計算しました(英語ではポリジェニック・スコアといいます)。この値が高いほど、そのグループの遺伝的影響が強いことを意味します。次に、日本人集団や欧米人集団など複数の民族集団のデータを使い、遺伝的リスク値が高い人ほど合併症を発症しやすいかどうかを統計的に解析しました。その結果、以下のことが分かりました。
- 肥満に関わる遺伝的要因のグループのリスク値が高い人は、透析を必要とする重い腎臓病(腎不全)、心臓の血管の病気(冠動脈疾患)、手足の血管がつまる病気(末梢動脈疾患)などの合併症を発症しやすい傾向がありました。
- 一方、インスリン分泌を抑え、プロインスリンが上昇する遺伝的要因のグループのリスク値が高い人は、合併症のリスクが高くありませんでした。
- 視力低下や失明につながる目の病気(増殖糖尿病網膜症)については、遺伝的要因のグループによってリスクは変わらず、2型糖尿病そのものの遺伝的リスク値が高い人が発症しやすい傾向がありました。
つまり、同じ2型糖尿病の遺伝的要因でも、グループによって透析を必要とする重い腎臓病や心臓病のなりやすさは違うが、網膜症のなりやすさは同じ、ということが明らかになりました。
これらの知見は、将来、患者さん一人ひとりの遺伝的な特徴を考慮した2型糖尿病の治療(個別化医療)の実現につながる可能性があります。例えば、肥満に関わる遺伝的要因のリスク値が高い人は合併症のリスクが高いため、体重が減りやすく合併症リスクが下がるSGLT2阻害薬やGLP‐1受容体作動薬を早くから積極的に使う可能性などが考えられます。
図1:2型糖尿病の8つの遺伝的要因のグループが、肥満やインスリンの分泌、血圧などの体の特徴に与える影響を表した図です。横軸が2型糖尿病の遺伝的要因の8個のグループ、縦軸が体の特徴を表します。2型糖尿病のリスクを上げる遺伝的要因が体の特徴の値も上げる場合は赤、下げる場合は青で示しています。
図2:2型糖尿病の8つの遺伝的要因のグループが、糖尿病の5つの合併症のリスクに与える影響を表した棒グラフです。横軸が2型糖尿病の遺伝的要因の8個のグループ、縦軸が各種合併症のリスクに与える影響を表します。遺伝的要因のグループが合併症のリスクを上げる場合は上向き、下げる場合は下向きの棒グラフで表しています。
論文情報
雑誌名
Nature
論文タイトル
Genetic drivers of heterogeneity in type 2 diabetes pathophysiology
著者
Ken Suzuki, Konstantinos Hatzikotoulas*, Lorraine Southam, Henry J. Taylor, Kyuto Sonehara, Shinichi Namba, Koichi Matsuda, Yukinori Okada, Nobuhiro Shojima, Kenichi Yamamoto, Toshimasa Yamauchi, Takashi Kadowaki, Benjamin F. Voight*, Andrew P. Morris* & Eleftheria Zeggini* et al.
DOI
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07019-6
掲載日
2024年2月19日(オンライン)
研究者
鈴木 顕(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教)
山内 敏正(東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学 教授)
岡田 随象(東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授/兼:大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授、理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)
松田 浩一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 クリニカルシークエンス分野 教授)
門脇 孝(東京大学名誉教授/虎の門病院 院長)
共同研究機関
大阪大学
虎の門病院
バイオバンク・ジャパン
Type 2 Diabetes Global Genomics Initiative (T2DGGI)
DIAMANTE consortium
Million Veteran Program (MVP)
The University of Manchester, UK
Helmholtz Zentrum München, Germany
Corporal Michael J. Crescenz VA Medical Center, USA
他
研究助成
本研究は、日本医療研究開発機構 ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(ゲノム医療実現推進プラットフォーム・先端ゲノム研究開発)(GRIFIN)「層別化polygenic risk scoreによる形質・疾患構造の解明」、「糖尿病の遺伝・環境因子の包括的解析から日本発次世代型精密医療を実現するプロジェクト」、「糖尿病の遺伝・環境因子の包括的解析から日本発次世代型精密医療を社会実装するプロジェクト」、及び、バイオバンク・ジャパンの支援により実施されました。
用語解説
(注1)ゲノム:
ゲノムとは、生物の設計図のようなもので、私たちの体の形やはたらを決める遺伝情報の全体を指します。ゲノムは、DNA(デオキシリボ核酸)という物質でできています。DNAは、4種類の塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)の並び方で遺伝情報を保存しています。この4種類の塩基が、アルファベットの文字のように並ぶことで、生物の設計図が書かれています。
(注2)ゲノムワイド関連解析(GWAS):
2型糖尿病などの病気や体重などの体の特徴と関連する遺伝的要因を探す研究手法。本研究で実施したGWASでは、2型糖尿病の人とそうでない人の2つのグループに分け、それぞれのグループの人たちのゲノムを詳しく調べ、グループ間でどの遺伝的要因(=塩基)に違いがあるかを探しました。
(注3)K平均クラスタリング法:
データを自動的にグループ分けする機械学習の手法です。まず、分けたいグループの数(K)を決めます。そして、データの中からランダムにK個の点を選び、それぞれをグループの中心とします。残りのデータ点を、最も近い中心点のグループに割り当て、グループの中心を再計算します。この操作を繰り返し行うことで、データを自然なグループに分けることができます。本研究では、Kの値はグループの分け方の良さを評価する様々な指標を用いて決めました。
(注4)メタボリック・シンドローム:
お腹周りに脂肪が溜まり、血糖値、血圧、血液中の中性脂肪などが高くなり、糖尿病や血管が固くなる動脈硬化などが起こりやすい状態です。メタボリック・シンドロームは、「メタボ」と略されることもあります。