肥満に基づく男性不妊症の新たな病態メカニズムを解明

2024年05月24日患者・一般

発表のポイント


  • 肥満によってアディポネクチン受容体AdipoR1を介したシグナルが低下することが、アポトーシスを促進して、精子の産生を抑制し、肥満による男性不妊症の病態メカニズムの一部に関与しているという新しいメカニズムを明らかにしました。
  • アディポネクチン受容体活性化低分子化合物を肥満・2型糖尿病モデルマウスに投与すると、精巣内のアポトーシスが抑制され、精子の運動能が改善することを明らかにしました。
  • 今後、アディポネクチン受容体を活性化することが肥満による男性不妊症の効果的な治療となりうる可能性が期待されます。

発表概要

東京大学医学部附属病院の小堀勤子助教、山内敏正教授、日本医科大学の岩部真人大学院教授、香川大学の岩部美紀教授、虎の門病院の門脇孝院長(東京大学名誉教授)、朝日生命成人病研究所の春日雅人所長らの研究グループは、肥満・2型糖尿病モデルマウスおよび遺伝子改変マウスを用いて、肥満による男性不妊症の新たな病態メカニズムとして、肥満によるアディポネクチン受容体AdipoR1(注1、注2)を介したシグナルの低下が、精巣内でアポトーシス(注3)を引き起こし、精子の産生が抑制され、男性不妊に関与していることを初めて明らかにしました。また、アディポネクチン受容体活性化低分子化合物(注4)を肥満・2型糖尿病モデルマウスに投与すると、精巣内のアポトーシスが抑制され、精子の運動能が改善することも初めて明らかにしました。今後アディポネクチン受容体を活性化することが肥満による男性不妊症の効果的な治療となりうる可能性が期待されます。

発表内容

不妊は世界的な健康問題の一つであり、生殖可能年齢の10~15%が不妊で、そのうち約50%は男性要因による不妊と報告されています。肥満は男性不妊の一因であり、これまでに、その病態メカニズムとして性腺機能低下、慢性炎症、酸化ストレス、精子の濃度・運動性・形態などの精子パラメーター障害、精子DNA損傷、精子脂質組成の変化、精子のエピジェネティックな修飾(注5)などが報告されていますが、その全体像は明らかになっていません。

研究グループはこれまでに、脂肪細胞から分泌されるホルモンであるアディポネクチンが抗メタボリックシンドローム作用、抗糖尿病作用を有するのみならず、元気で長生きを助ける善玉ホルモンであることを明らかにしてきました。実際、肥満によって起こる、血液中のアディポネクチンの量の低下は、メタボリックシンドロームや糖尿病の原因になるのみならず、心血管疾患や癌のリスクを高め、短命になるリスクが高まることが知られています。また、アディポネクチンの作用を細胞に伝えるアディポネクチン受容体としてAdipoR1とAdipoR2を同定し、その立体構造も明らかにしてきました。さらに、アディポネクチンと同じような効果を持つ物質のほか、アディポネクチン受容体を活性化することができる大学発となる内服薬(低分子化合物)の種や、アディポネクチン受容体を活性化する抗体を取得することに成功しています。

今回、研究グループは、肥満による男性不妊症にアディポネクチンの作用が関与しているかどうか、また、関与している場合はその分子メカニズムを明らかにすることを目的として実験を行いました。

まず、高脂肪食で飼育した雄マウスは通常食で飼育した雄マウスと比較して、精巣内のアディポネクチン受容体であるAdipoR1の発現が低下し、精子数、精子運動能、雌マウスを妊娠させる能力が低下し、精子を作る工場の役目を果たしている精細管のアポトーシスが促進していました。

次に、AdipoR1欠損マウスを解析すると、AdipoR1欠損マウスは、野生型マウスと比較し、精巣重量が低下し、精細管が萎縮し、精子数、精子運動能、雌マウスを妊娠させる能力が低下していました。また、AdipoR1欠損マウスの精巣では、野生型マウスと比較してAMPK(注6)の活性が有意に低下し、caspase-6(注7)の活性が有意に増加、アポトーシスを起こした精細管が有意に増加していました。

さらに、細胞を用いた実験で、アディポネクチン・AdipoR1シグナルがcaspase-6活性を直接的に抑制していることを示しました。

また、高脂肪食で飼育したマウスにアディポネクチン受容体活性化低分子化合物を2週間経口投与すると、精巣におけるcaspase-6活性が低下し、アポトーシスを起こした精細管が低下して、精子運動能が上昇しました。

これらのことから、肥満を病態基盤とした精巣におけるAdipoR1/AMPKシグナルの低下が、caspase-6活性化/アポトーシス促進を引き起こし、男性不妊に関与していることが初めて示されました。

今後、アディポネクチン受容体を活性化する方略が、肥満による男性不妊に対する効果的な治療となりうる可能性が期待されます。

論文情報

雑誌名

Scientific Reports

論文タイトル

Decreased AdipoR1 signaling and its implications for obesity-induced male infertility

著者

Toshiko Kobori, Masato Iwabu, Miki Okada-Iwabu, Nozomi Ohuchi, Akiko Kikuchi, Naoko Yamauchi, Takashi Kadowaki, Toshimasa Yamauchi, Masato Kasuga

DOI

https://doi.org/10.1038/s41598-024-56290-0

掲載日

2024年3月8日(オンライン)

研究者

小堀 勤子
(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 助教)
山内 敏正
(東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学 教授/医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 科長)
岩部 真人
(日本医科大学大学院医学研究科 内分泌代謝・腎臓内科学分野 大学院教授/東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 届出研究員)
岩部 美紀
(香川大学医学部生化学 教授/東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 届出研究員)
門脇 孝
(東京大学名誉教授/虎の門病院 院長)

共同研究機関

朝日生命成人病研究所

用語解説

(注1)アディポネクチン:
脂肪細胞から分泌されるホルモンで抗糖尿病作用、抗動脈降下作用、抗炎症作用を併せ持つ分子であることが明らかになっている。肥満で血液中の濃度が低下し、そのことがライフスタイルに関連する疾患の原因の一部になっている。

(注2)アディポネクチン受容体:
アディポネクチンの作用を細胞内に伝える分子。アディポネクチン受容体にはAdipoR1 と AdipoR2 が存在し、ライフスタイルに関連する疾患に対する鍵分子として知られている。

(注3)アポトーシス:
細胞死の一種。プログラムされた細胞死とも呼ばれ、緻密な分子機構によって制御された細胞死。細胞が物理的・化学的に損傷したときに引き起こされる、偶発的で分子機序のない細胞死であるネクローシスの対義語として用いられる。

(注4)アディポネクチン受容体活性化低分子化合物:
アディポネクチンと同じような効果を持つ物質で、アディポネクチン受容体を活性化することができる低分子化合物。糖・脂質代謝を改善させるのみならず、発毛促進作用や生活習慣病により短くなった寿命を回復させることが明らかになっている。

(注5)エピジェネティックな修飾:
遺伝子配列そのものを変化させることなく遺伝子のオン・オフを制御するためにDNAにおこる化学的修飾のこと。

(注6)AMPK:
細胞の中で生命を維持するために必要な働きを担っている重要な酵素の一つ。細胞内のエネルギーセンサー、代謝のマスターレギュレーターとして機能している。

(注7)caspase-6:
アポトーシスを促進する酵素の一つ。