小児の心電図から心血管イベントのリスクを予測するAIモデルを構築

2024年04月18日患者・一般

発表のポイント


  • 小児心電図から心不全関連情報をAIにより抽出すると、従来の血液検査による指標(B型ナトリウム利尿ペプチド)を上回る精度で心不全の予後予測が可能でした。
  • 先天性心疾患を含む多様な患者背景のもとで、小児心電図に心不全関連情報が含まれていることを示しました。
  • 小児において心電図が心不全の新たな指標となる可能性が示されました。

発表概要

このたび、本研究グループは小児の心電図から人工知能(AI)によって心不全に関連した情報を抽出し、予後予測を行うモデルの構築に成功しました。

小児の心不全では先天性心疾患による心臓形態異常を背景とするものが多く含まれ、心筋自体の異常が主である一般的な成人の心不全とは成因が異なります。したがって小児の心不全評価には心臓自体の機能だけではなく、心臓の形態異常に伴う血液の流れの変化も含めた心臓への負担を総合的に捉えた評価が必要です。本研究では、心不全に関わる神経因子・内分泌的因子の異常が心電図に反映されている可能性に着目し、AIを用いて小児心電図から心不全関連情報の抽出を行いました。AIが抽出した情報(EHFI: Electrical Heart Failure Indicator)をもとに、心不全に由来する心血管イベントが起こる可能性を予測したところ、従来の血液検査による指標(BNP: B型ナトリウム利尿ペプチド)を有意に上回る精度を持つことがわかりました。この研究により先天性心疾患を含む小児の心電図に心不全関連情報が含まれていることが示されました。心電図は侵襲なく簡便に行える検査であり、今後の小児心不全指針の一つとなることが期待されます。

発表内容

1.研究の背景

心不全とは全身の代謝に見合う心拍出量を確保できない状態を指しますが、その原因は様々です。小児では先天性心疾患(注1)による解剖学的な血行動態異常のために、心臓の筋肉自体に問題がなくても心不全をきたす症例が多くあり、成人の心不全とは成因が異なります。このため、小児の心不全は心エコー検査など心筋の動きを調べる検査のみでは判断できないことがあり、心臓の形態異常に伴う血液の流れの変化も含めた心臓の負担を総合的に診断する必要があります。心不全の状態では神経体液性因子(注2)と呼ばれる心臓、腎臓など全身の臓器や血管に作用する物質による調節が働くため、これらの調節の程度を反映する血液中のB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)(注3)の濃度を調べることが、小児の心不全評価としても臨床的に広く行われています。

これまでに成人の心不全を心電図から検出する人工知能(AI)の報告が行われていますが(参考文献1-3)、いずれも心エコーで収集した心臓の筋肉の動きに関する情報を心電図から推測するもので、心臓の負担を反映する神経体液性因子などを用いて、先天性心疾患を含む小児の心不全評価を行うようなAIの報告はありませんでした。心電図は血液検査に比べて、無侵襲で迅速・簡便に行える検査であり、心不全評価のツールとして使えるならば臨床的有用性が高い検査です。本研究では、心不全における神経体液性因子の変化が心電図にも反映されている可能性に着目し、小児心電図を解析して将来の心不全による有害事象(MACE:主要心血管有害イベント)を予測するようなAIの開発を目指しました。

2.研究成果

当院で12誘導心電図検査を受けた15歳以下の小児を対象として心電図データを収集しました。まず、8,324患者由来の21,278件の心電図を用いて、小児心電図から患者さんの年齢を推測するAIモデルを構築したのちに、BNPに関する情報を得られた1,180患者由来の3,679件のデータを用いて、心電図からBNPの値を推測するAIモデルを複数作成しました。さらに、これらのAIの出力を統合する別のAIを作成して、BNPとMACEの有無を含めた情報を与えて訓練することで、心電図からMACEを予測するモデルを構築しました。得られた出力は心電図を基に心不全に関連した情報を抽出したものと考えられたので、Electrical Heart Failure Indicator (EHFI)と呼称しています。

EHFIとBNPの相関は中等度にとどまりましたが、両者がMACEを予測する精度(平均適合率)を時系列に従って解析すると、100日以内にMACEが発生する可能性の予測精度に関して、EHFIがBNPを有意に上回ることがわかりました(図1)。さらに、BNPおよびEHFIの値とMACEの発生確率を調べると、BNPでは100 pg/mL前後でMACEの発生率が最大になり、それ以上の高値ではむしろMACE発生率が下がっていたのに対して、EHFIではMACE発生率がほぼ単調増加していました(図2)。これらの結果から、EHFIは心電図から抽出された「心不全らしさ」を反映する数値であり、BNPとは異なる意味合いを持つことが示唆されました。

さらに、AIが心電図波形のうちのどのような部分を認識してEHFIの算出を行っているか調べるために、gradient-weighted class-activation mapping法を用いて可視化したのが図3です。EHFIとBNPの値によって心電図をグループ分けして比較すると、各群間で若干の波形パターンの変化はあるものの、QRS幅の拡大など一般的な心電図判読で心不全の特徴とされている変化は微小で、肉眼的に判別しきれないところがありました。AIはこのように人間による判読では区別できないような微小な変化を捉えて、定量化して表現するツールとして有用であるといえます。

図1:主要心血管有害イベント予測精度の時系列に従った解析

図1:主要心血管有害イベント予測精度の時系列に従った解析
横軸が日数、縦軸が主要心血管有害イベント(MACE)の予測精度(時間依存性平均適合率)を表します。従来の血液検査による心不全マーカーであるB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)に比して、本研究の人工知能で得られた値(EHFI: Electrical Heart Failure Indicator)は100日以内に生じるMACEの予測精度が有意に高かったことがわかりました。


図2:主要心血管有害イベントの発生確率

図2:主要心血管有害イベントの発生確率
横軸が本研究の人工知能で得られた値(EHFI: Electrical Heart Failure Indicator)あるいはB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の値、縦軸が主要心血管有害イベント(MACE)の発生確率を表しています。(A)EHFIの値とともにMACEの発生確率はほぼ単調増加していました。(B)BNPでは100 pg/mL付近でMACEの発生確率が最大となりますが、さらにBNP値が上昇するとMACE発生確率が下がっていました。


図3:人工知能が注目した波形パターン

図3:人工知能が注目した波形パターン
本研究で用いた人工知能が心不全関連情報を抽出する際に特に重視した心電図波形を色の違いとして表現し可視化しています。本研究の人工知能で得られた値(EHFI: Electrical Heart Failure Indicator)とB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の値によって4群に分け、それぞれの群で見られるパターンの平均を示しています。

3.社会的意義

EHFIがBNPとは異なった意味合いを持っていたことから、今後の心不全戦略を考えるうえで、心電図が新たな指標となり得る可能性が示されました。また、心電図は侵襲なしに簡便・迅速に行える検査で、心不全のフォローアップやスクリーニングに用いた場合の有用性が期待できます。さらに、近年スマートウォッチなどを利用した心電図記録も可能となってきていることから、心不全管理の遠隔医療においても心電図解析が重要となってくることが考えられます。

論文情報

雑誌名

International Journal of Cardiology

論文タイトル

Prediction of Adverse Cardiovascular Events in Children Using Artificial Intelligence-based Electrocardiogram

著者

Yoshitsugu Nogimori, Kaname Sato, Koichi Takamizawa, Yosuke Ogawa, Yu Tanaka, Kazuhiro Shiraga, Hitomi Masuda, Hikoro Matsui, Motohiro Kato, Masao Daimon, Katsuhito Fujiu, Ryo Inuzuka*
(*:責任著者)

DOI

https://doi.org/10.1016/j.ijcard.2024.132019

掲載日

2024年4月3日(オンライン)

研究者

野木森 宜嗣(東京大学医学部附属病院 小児科 届出研究員)
犬塚 亮(東京大学医学部附属病院 小児科 講師)
藤生 克仁(東京大学 大学院医学系研究科 先進循環器病学講座 特任教授/医学部附属病院 循環器内科)

用語解説

(注1)先天性心疾患:
胎児期に心臓が形成される過程の異常で、心臓や大血管の形態的な異常を伴う疾患を指す。壁があるべき場所に孔が開いている、通常と異なる血管のつながり方をしている、などの異常により血液の流れ方も本来とは異なるものが含まれる。

(注2)神経体液性因子:
自律神経系やホルモンのなかには、心臓の拍出を増やすように作用するものと、心臓の負担を軽減して保護的に働くものがあり、これらを総称して神経体液性因子と呼ぶ。特に心臓の拍出を増やすように働く心筋刺激因子は心不全の病理を形成する重要な要因である。

(注3)B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP):
神経体液性因子のうち、心筋を保護する作用を持った物質の一つで、主に心室から分泌されるホルモン。心臓の負荷が増えるとBNPの分泌量も増えるため、血液中のBNP濃度は臨床的に心不全の程度を評価する方法として確立している。先天性心疾患を持った小児でもBNPによる心不全評価が有効であることが報告されている。

参考文献

1. Attia ZI, Kapa S, Lopez-Jimenez F, et al. Screening for cardiac contractile dysfunction using an artificial intelligence-enabled electrocardiogram. Nat Med. 2019;25:70-74.

2. Vaid A, Johnson KW, Badgeley MA, et al. Using Deep-Learning Algorithms to Simultaneously Identify Right and Left Ventricular Dysfunction From the Electrocardiogram. JACC Cardiovasc Imaging. 2022;15:395-410.

3. Adedinsewo D, Carter RE, Attia Z, et al. Artificial Intelligence-Enabled ECG Algorithm to Identify Patients With Left Ventricular Systolic Dysfunction Presenting to the Emergency Department With Dyspnea. Circ Arrhythm Electrophysiol. 2020;13:e008437.