脂肪が減る難病である脂肪萎縮症において急激な筋肉減少が見られた一例を報告

2024年04月08日患者・一般

発表のポイント


  • 脂肪萎縮症(注1)の20代の女性にステロイド治療(注2)を開始したところ、その直後から体重と筋肉が最大15%も減少したことを、原因の考察と共に報告しました。
  • 脂肪萎縮症では、脂肪組織以外の臓器で栄養素の同化(注3)が過剰となって脂肪肝などが生じますが、条件や臓器によっては逆に異化(注3)が進みうることを、新たに提唱しました。
  • 本報告は脂肪萎縮症のみならず、栄養素の蓄えの少ないやせた高齢者などで、ステロイド治療をはじめとする筋肉が減りうる治療を、安全に行なうことにつながるものと期待されます。

発表概要

脂肪組織には、食事の際に余分な栄養素を貯めやすい形に合成して蓄える(同化)一方、食事が摂れない場合にそれを分解して他の臓器に供給する(異化)など、栄養状態の変化が体に及ぼす影響を、クッションのように和らげる役割があります。脂肪萎縮症はこのような脂肪組織が減る難病で、過剰な栄養素を他の臓器に貯めざるをえず、脂肪肝などにつながります。今回発表グループは、脂肪萎縮症の20代の女性が、その原因となった脂肪組織における炎症の再発に対してステロイド治療を開始したところ、直後から筋肉と体重が減り始め、数週間のうちに最大で15%減少したことを報告しました。この方は脂肪組織という代謝面のクッションが少なく、また糖尿病が悪いなど、筋肉が減りやすい要素が重なっていたところに、筋肉での蛋白の異化を起こしやすいステロイド治療などが加わったためと考えられました。このように脂肪萎縮症では条件と臓器によって、代謝が急激に異化に傾く可能性もあることが明らかとなりました。同様に、代謝面のクッションの少ないやせた高齢者がステロイド治療を受けるようなことは、今後ますます増えると予想されますが、その際に筋肉や体重の減少にも十分注意を払うことが重要と考えられます。

発表内容

脂肪組織には、食事の際に同化、つまり余分な栄養素を貯めやすい形に合成して蓄える働きがある一方、食事が摂れない場合には異化、つまり貯めた栄養素を分解して他の臓器に供給する役割があります。言い換えれば、栄養状態が変化しても、その都度体が影響を受けるようなことがないよう、クッションのように和らげる働きがある、と表現できます。

脂肪萎縮症は、このような脂肪組織が減る国の指定難病ですが、栄養素の同化を脂肪組織の代わりに他の臓器で行なわざるをえず、それが過剰となる病気と考えられてきました。例えば肝臓には脂肪組織の代わりに脂肪が過剰に貯めこまれるので、重度の脂肪肝になることが知られています。一方で異化との関連については、これまで注目されていませんでした。

今回発表グループは、脂肪萎縮症の20代の女性に対してステロイド治療を開始したところ、直後から筋肉と体重が減り始め、数週間のうちに最大で15%減少したことを報告しました。

この方は小学生の時に脂肪組織の炎症の一種である脂肪織炎を発症し、ステロイド治療で改善したものの、以降も再発の度に脂肪組織の減少を認めていました。20代で糖尿病を指摘された後、当院で脂肪萎縮症との診断を受け、外来通院を継続していたところ、脂肪織炎の再発と関連する貧血が出現し、入院となりました。

入院時の身長155cmに対し、体重は46kgとやせ気味で、発熱、全身の皮下腫瘤、貧血、炎症を認めたほか、血糖コントロールも不良でした。体組成では、筋肉量は正常範囲と考えられた一方、脂肪量は著明に減少していました。

ステロイド治療によって脂肪織炎と貧血は改善したものの、体重が投与開始直後から2週間で、入院時の約1割にあたる5kg、数週間のうちに、入院時の約15%にあたる7kg減少しました。体組成では、筋肉量も入院時の約15%にあたる6kg減少していたことが分かりました。また蛋白異化の指標でもある尿素窒素・クレアチニン比も上昇していたことから、ステロイドによる蛋白分解が増加していたものと考えられました。ステロイド投与量は入院中、及び退院後の外来でも減量を続け、約半年後に中止となりましたが、それに従って体重、筋肉量、尿素窒素・クレアチニン比も元の水準にほぼ戻りました。

ステロイドには、特に筋肉で蛋白分解を増やす働きがあり、それに伴って筋肉が減るのをステロイド筋症と呼びます。ステロイド筋症は通常、治療開始後2~4週間程度で出現しますが、この方の場合は投与開始直後から出現したのが特徴的でした。筋肉量が減りやすい背景として、脂肪萎縮症に伴い、代謝面のクッション(予備能)が少なかったことや、インスリンの効きが悪く(インスリン抵抗性)、また血糖も高い状態が続いていたこと、加えて貧血のために活動量が減少したことや、脂肪織炎の再発という消耗・炎症が持続していたことが挙げられます。更に治療面として、入院中は糖尿病に対する食事療法を継続しており、結果的にエネルギーや蛋白の摂取が必要量より足りなかったことも想定されました。この方においては、これらの要素が相まって異化が亢進し、急激な筋肉量の減少が起きたものと解釈できました。

このことから、ステロイド筋症の指標として、体組成に加えて尿素窒素・クレアチニン比を利用することが、有効である可能性が示されました。またその予防のため、特に糖尿病が背景にある場合に、どのような食事療法が最適なのかが、今後の検討課題と考えられました。

加えて、これまで主に同化が過剰になる疾患と考えられてきた脂肪萎縮症ですが、条件によっては筋肉などの臓器において、代謝が異化に大きく傾く可能性についても、十分注意を払う必要のあることが明らかとなりました。

脂肪萎縮症自体は、患者さんの数の少ない難病ですが、同様に代謝面のクッション(予備能)の少ない方、例えばやせた高齢者の方は、数多くいらっしゃいます。そのような方が、自己免疫疾患や悪性腫瘍の治療、臓器移植後の拒絶反応の予防などのためのステロイドや、糖尿病や慢性腎臓病、慢性心不全の治療のためのSGLT2阻害薬(注4)の投与を受けるようなことは、今後ますます増えると予想されます。そのような場合に、筋肉や体重が減るのを予防できるよう、また実際に減り始めた際にすぐに気づけるよう、十分な注意を払っていくことも重要と考えられました。

図:本症例において異化が亢進し、急速な筋量減少を来たした機序に関する仮説

図:本症例において異化が亢進し、急速な筋量減少を来たした機序に関する仮説

論文情報

雑誌名

Journal of Diabetes Investigation

論文タイトル

Corticosteroid-triggered acute skeletal muscle loss in lipodystrophy: A case report.

著者

Sasako T, Suzuki K, Odawara S, Suwanai H, Akuta N, Kubota N, Ueki K, Kadowaki T, Yamauchi T*.
(*:責任著者)

DOI

10.1111/jdi.14158

掲載日

2024年2月19日(オンライン)

研究者

山内 敏正(東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学/東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)
笹子 敬洋(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 届出研究員)

用語解説

(注1)脂肪萎縮症:
脂肪萎縮症は脂肪組織が減少する疾患の総称で、過剰な栄養素を貯める機能が低下するのと共に、脂肪細胞から分泌されるホルモンが不足することで、糖尿病や高中性脂肪血症、脂肪肝などを来たします。国の指定難病で、患者数は全国で100人程度と推定されています。

(注2)ステロイド治療:
副腎という臓器で作られるステロイドホルモンは、私たちが生きていくのに必須のホルモンで、様々な作用が知られていますが、中でも免疫の働きや炎症を抑える作用があり、それを治療目的で投与するのがステロイド治療です。免疫の働きが活性化され過ぎる自己免疫性疾患の治療によく使われるほか、臓器移植後の拒絶反応の予防や、抗癌剤の副作用を軽減する目的でも投与されます。副作用にもいろいろなものがありますが、筋肉における蛋白の分解が進むステロイド筋症もその1つです。

(注3)同化・異化:
私たちは様々な栄養素を代謝しながら生きていますが、そのうち栄養素を合成することを同化、分解することを異化と呼びます。例えば、食事から摂ったブドウ糖は、細胞の中で分解されてエネルギー源になったり、多くのブドウ糖がつながったグリコーゲンとなって肝臓に蓄えられたりしますが、前者が異化、後者が同化にあたります。

(注4)SGLT2阻害薬:
糖尿病の治療薬として登場したSGLT2阻害薬は、尿糖の形でブドウ糖を体の外に捨てることで血糖を下げる薬です。脂肪の分解を増やすため、体重減少効果があり、最近では慢性腎臓病や慢性心不全に対しても有効なことが分かっています。長期的には筋肉における蛋白の分解も増加する可能性が指摘されています。