腸におけるインスリン作用が脂肪性肝炎を伴う糖尿病における肝細胞癌の発症を防ぐ

2023年11月09日患者・一般

研究成果のポイント

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(略称:NCGM)糖尿病研究センターの植木浩二郎センター長、分子糖尿病医学研究部の添田光太郎研究員らのグループは、東京大学の藤城光弘教授、小池和彦名誉教授(医学部附属病院消化器内科)、山内敏正教授、門脇孝名誉教授(医学部附属病院糖尿病・代謝内科)、油谷浩幸教授(研究当時、先端科学技術研究センターゲノムサイエンス&メディシン分野)、慶應義塾大学の本田賢也教授(微生物学・免疫学教室)らの研究グループと共同で、以下のようにマウスモデルを用いて糖尿病を伴う脂肪性肝炎では腸におけるインスリン作用が肝細胞癌の発症を防ぐことを明らかにしました。

本研究成果は科学雑誌「Nature Communications」オンライン版(2023年10月18日付:日本時間10月18日)に掲載されました。

  • 糖尿病は様々ながんのリスクを上昇させることが知られており、とりわけ肝がんのリスク上昇幅は大きいことが知られています。
  • 最近、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)から肝がんを発症する方が増えてきており、また、糖尿病とNASHは関連が強いため、糖尿病の患者さんにおいてどのようにして肝がんを予防するかが重要な課題になっていました。
  • 国立国際医療研究センター糖尿病研究センター分子糖尿病医学研究部の研究グループは東京大学医学部附属病院消化器内科の研究グループなどとともに、糖尿病合併NASHモデルマウス(STAMマウス)を実際にインスリンで治療して予後を検討しました。
  • インスリン治療はSTAMマウスの腸において抗菌ペプチドの発現を上昇させ、腸内細菌叢の異常を改善するとともに、STAMマウスで肝がん発症を抑制することを明らかにしました。また、腸上皮特異的インスリン受容体欠損STAMマウスではそれらが認められなくなることから、インスリンは腸に作用することでNASH肝がんの発症を抑制することが明らかになりました。
  • 以上の研究結果から、NASHを合併する糖尿病の患者さんでは、腸におけるインスリン作用を高めることでNASH肝がんの発症を予防できる可能性があり、腸のインスリンシグナル伝達経路は糖尿病合併NASH肝発癌の新たな治療標的となる可能性があることが示唆されました。

背景

糖尿病は様々ながんのリスクを上昇させることが知られており、とりわけ肝がんのリスク上昇幅は大きいことが知られています(*)。また、最近、肝がんの患者さんでは、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH[注1]: Nonalcoholic steatohepatitis)という糖尿病と関連の強い疾患を合併する方の割合が高くなってきており、NASHを合併する糖尿病の患者さんにおいてどのようにして肝がんを予防するかが重要な課題になっていました。

このようなNASHを合併する糖尿病の患者さんでは、肝機能障害や高度のインスリン抵抗性[注2]のためにやむを得ずインスリン療法が選択されることも多いのですが、インスリンは患者さんの血糖を制御する強力な手段である一方で、細胞増殖作用や細胞死抑制作用もあるので、悪性細胞を増殖させて肝がん発症を促進しかねないと危惧されていました。

しかし、インスリン作用は血糖値の改善のみならず、体内の様々な組織の恒常性維持にも重要です。それゆえ、実際にそのような患者さんでインスリン療法などによる全身のインスリン作用の強化で肝がん発症が促進されるのかどうかについては議論が続いていました。また、そのメカニズムについても明らかにされていませんでした。

そこで、研究グループは糖尿病合併NASHモデルマウス(STAMマウス[注3])を実際にインスリンで治療して、インスリン治療はむしろ肝がん発症を抑制することを明らかにし、そのメカニズムについても解明しました。

(*) Kasuga, M. et al. Report of the Japan Diabetes Society/Japanese Cancer Association Joint Committee on Diabetes and Cancer. Cancer Sci 104, 965–976 (2013).

概要

まず研究グループは、出生直後にストレプトゾトシン[注4]を少量投与し、離乳時から高脂肪食を与えることによって、糖尿病、NASH、肝細胞癌を同時に発症する疾患モデルマウスであるSTAM(STelic Animal Model)マウスを採用し、これにインスリンまたはフロリジンのどちらかを投与して予後を比較しました。インスリンを投与すると血液中のインスリンが増加するとともに血糖値が低下しますが、フロリジン(SGLT1/2阻害薬)はグルコースの尿中排泄を促進するため、血液中でインスリンを増加させずに血糖値を改善します。このことから、両者の予後の違いは血糖値によらないインスリン作用[注5]を表すものとして解釈できます。

既に説明した通り、この実験ではインスリン投与による肝発癌増加が懸念されましたが、意外にもインスリン投与で肝発癌が抑制され、フロリジン投与では抑制されませんでした。このことは、全身へのインスリン投与が肝発癌を防ぐ可能性を示唆しています。

そこで、まずは肝臓で癌のない部分を解析したところ、インスリンを投与すると、二次胆汁酸[注6]の貯留が低下していました。二次胆汁酸は高脂肪食のもとで肝星細胞から細胞老化関連分泌形質(SASP)を増加させ、肝発癌を促すと考えられており、腸内細菌で代謝されて生成しますので、引き続き腸内細菌叢を解析すると、STAMマウスで認められた腸内細菌叢[注7]の異常がインスリン投与により改善していました。他方、STAMマウスではインスリン投与で腸管における抗菌ペプチド[注8]の発現が増加しており、これによる悪玉腸内細菌の抑制が腸内環境の改善に役立った可能性が考えられました。以上のことから、インスリンは腸に作用して腸内環境を改善することで肝発癌を抑制している可能性が考えられました。

また、糖尿病を合併したNASHの患者さんでは、インスリンを使用している患者さんで同様の腸内細菌叢の違いが示唆されましたので、臨床的にもこの仮説が有効である可能性が示唆されました。

そして、STAMマウスでは、長期間抗菌薬を投与して腸管内にほとんど細菌がいない状態にしたり、短期間抗菌薬で処置した後に正常マウスから糞便菌叢移植[注9]を実施して腸内細菌叢の異常を是正したりすると、肝発癌は抑制されました。このことからSTAMマウスでは腸内細菌叢の異常が肝発癌に関与している可能性が示唆されました。

以上のことから、STAMマウスの肝発癌がインスリン投与によって抑制されたのは、腸におけるインスリン作用の不足が補われたことが一因である可能性が考えられました。そこで、研究グループは腸上皮のみでインスリン受容体[注10]を欠損するマウス(ieIRKO: intestinal epithelial insulin receptor knock out)を作製し、ieIRKOマウスに対しSTAMマウスにする処置を施し、このieIRKO-STAMマウスにインスリンを投与しました。ieIRKO-STAMマウスでは全身のうち腸上皮だけでインスリンが作用しなくなりますが、これにより抗菌ペプチドの発現がインスリン投与によって増加しなくなり、肝発癌も抑制されなくなったことから、STAMマウスでは腸のインスリン作用の不足が肝がん出現の一因であることが明らかになりました。

しかし、上述の通りSTAMマウスの作製にはストレプトゾトシンという変異原性物質が用いられており、実際に研究グループも肝臓に広範に体細胞変異[注11]が誘導されていることを確認しました。つまり、STAMマウスでは肝臓の多くの細胞に変異があるため、早期かつ極めて高率に肝がんを発症していると考えられます。

そこで研究グループは、ヒトのように長期間かけて発癌するモデルとして、上記のieIRKOマウスに長期間高脂肪食給餌のみ行いました。この条件においてもieIRKOマウスでは腸において抗菌ペプチドの発現が低下し、肝発癌が促進されたことから、やはり腸上皮のインスリン作用の不足は肝発癌を促進すると考えられました。

STAMマウスはインスリン抵抗性をインスリン分泌亢進で代償することができず、顕著な高血糖をきたしている糖尿病モデルマウスですから、欧米の高度肥満の糖尿病の患者さんより、私たち日本人や東洋人のように軽度の肥満で発症する糖尿病の患者さんによく似ていると言えます。以上の研究結果から、NASHを合併する糖尿病の患者さんでは、適切にインスリンを補充することで腸におけるインスリン作用を補い、NASH肝がんの発症を予防できる可能性があり、腸のインスリンシグナルとその下流因子は糖尿病合併NASH肝発癌の新たな治療標的となる可能性があることが示唆されました。

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業「ウイルス肝炎を含む代謝関連肝がんの病態解明及び治療法の開発等に関する研究」(課題番号:JP17fk0210304, JP18fk0210040, JP19fk0210040, JP20fk0210040)「脂肪肝炎を背景とする代謝関連肝がん発生の病態解明に関する研究」(課題番号:JP21fk0210090)、科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「肝臓での生理的小胞体ストレス調節とその破綻によるインスリン抵抗性惹起機構の解明」 (課題番号:21659227) などの支援により行われました。

図:腸におけるインスリン作用が脂肪性肝炎を伴う糖尿病における肝細胞癌の発症を防ぐ
図:腸におけるインスリン作用が脂肪性肝炎を伴う糖尿病における肝細胞癌の発症を防ぐ

コメント

今回の研究は主にモデルマウスにおける検証であり、ヒトの患者さんにこの知見が応用できるかどうかは、今後の検証が必要です。

論文情報

雑誌名

Nature Communications

論文タイトル

Gut insulin action protects from hepatocarcinogenesis in diabetic mice comorbid with nonalcoholic steatohepatitis

著者

Kotaro Soeda, Takayoshi Sasako, Kenichiro Enooku, Naoto Kubota, Naoki Kobayashi, Yoshiko Matsumoto Ikushima, Motoharu Awazawa, Ryotaro Bouchi, Gotaro Toda, Tomoharu Yamada, Takuma Nakatsuka, Ryosuke Tateishi, Miwako Kakiuchi, Shogo Yamamoto, Kenji Tatsuno, Koji Atarashi, Wataru Suda, Kenya Honda, Hiroyuki Aburatani, Toshimasa Yamauchi, Mitsuhiro Fujishiro, Tetsuo Noda, Kazuhiko Koike, Takashi Kadowaki, Kohjiro Ueki*
*:責任著者

DOI

10.1038/s41467-023-42334-y

掲載日

2023年10月18日(オンライン)

研究者

植木 浩二郎(東京大学大学院医学系研究科 分子糖尿病学 連携教授)
添田 光太郎(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 届出研究員)
藤城 光弘(東京大学医学部附属病院 消化器内科 科長/教授)
山内 敏正(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 科長/教授)
小池 和彦(東京大学名誉教授)
門脇 孝(東京大学名誉教授)
油谷 浩幸(東京大学名誉教授)

共同研究機関

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(略称:NCGM)
慶應義塾大学

用語解説

[注1]NASH
アルコール多飲に関連しない肝炎であり、非アルコール性脂肪性肝炎(Nonalcoholic steatohepatitis)と呼ばれます。従来、肝炎ウイルスが肝炎の原因として大半を占めていましたが、薬物により効率的にウイルス駆除ができるようになり、NASHの割合が増加してきました。NASHは糖尿病によりリスクが上昇し、NASHはインスリン抵抗性により糖尿病のリスクを上昇させるため、相互に関連すると考えられています。

[注2]インスリン抵抗性
インスリンは膵β細胞から分泌されるホルモンで、血液中のインスリン濃度が保たれているものの、肝臓、骨格筋、脂肪組織といった標的臓器にインスリンが十分はたらかない状態をインスリン抵抗性と呼びます。高脂肪食や運動不足、肥満によって引き起こされ、やがて糖尿病を発症するリスクとなると考えられています。インスリンの作用が低下し、血糖が高くなるなど様々な代謝異常を来たす疾患が糖尿病です。インスリンは細胞増殖促進や細胞死抑制の作用を持っているため、直接作用として癌細胞の増殖を促進する懸念がありました。

[注3]STAMマウス
生後すぐにストレプトゾトシンを少量皮下注することによりインスリン分泌の亢進を抑制するとともに、4週齢時から高脂肪食を給餌することによって顕著な高血糖をきたします。16週齢から20週齢時にはNASHを発症するとともにほぼすべてのマウスで肝発癌をきたすため、糖尿病合併NASH肝発癌モデルマウスとして広く用いられています(Fujii, M. et al. A murine model for non-alcoholic steatohepatitis showing evidence of association between diabetes and hepatocellular carcinoma. Med Mol Morphol 46, 141–152 (2013).)。

[注4]ストレプトゾトシン
膵臓のβ細胞に細胞死を誘導し、インスリン分泌を抑制する薬物です。投与量を調節することによって抑制の程度をコントロールすることができます。

[注5]血糖値によらないインスリン作用
仮にインスリンを投与した実験動物と何も薬物を投与していない実験動物を比較すると、インスリンという薬物は血液中のインスリンを増加させるとともに血糖値も低下させるので、両者の比較結果がインスリン作用によるものなのか血糖値の改善によるものなのか、区別がつきません。そこで、今回の実験では、これにフロリジンという薬物を投与した実験動物も比較対象に加えています。フロリジンは尿糖排泄量を増加させることで血糖値を低下させる薬物であり、血液中へのインスリン分泌を増加させませんから、インスリン投与群とフロリジン投与群を比較することで血糖改善の効果を打ち消してインスリンの作用そのもののみを解釈することができるようになります。

[注6]二次胆汁酸
体内で合成された一次胆汁酸は、腸と肝臓の間を循環する(腸肝循環と呼ばれます)中で、腸内細菌叢による代謝を受けて二次胆汁酸に変化します。高脂肪食や肥満の状態では腸内細菌の異常により二次胆汁酸の産生が増加し、肝発癌が増加することが報告されています(Yoshimoto, S. et al. Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome. Nature 499, 97–101 (2013).)。

[注7]腸内細菌叢
人間の腸内には約1000種類、約100兆個の細菌が生息していると言われ、最近では様々な疾患との関連が示されてきました。糖尿病、NASH、肝臓がんの患者さんの腸内細菌叢の特徴も様々な研究で明らかにされてきています。

[注8]抗菌ペプチド
腸上皮で産生され、腸内細菌が宿主の粘膜組織以降に侵入するのを防ぎ、腸管内に分泌されると悪玉腸内細菌に作用して腸内環境の維持に役立つと考えられています。本研究では、主に小腸のパネート細胞という種類の細胞が分泌する抗菌ペプチドの発現がインスリンが作用することでどのように変化するかを検討しました。

[注9]糞便菌叢移植
ここでは細菌の生着率向上のため、予め、移植を受けるSTAMマウス(レシピエント)を抗菌薬で処置して腸内細菌を著しく減少させ、その後、菌叢提供側の正常マウス(ドナー)の糞便懸濁液を投与し、ドナーの腸内細菌叢をレシピエントの腸内で復元することを試みています。このことにより、腸内細菌叢を改善させたSTAMマウスが作成でき、腸内細菌叢の肝発癌への影響を検討することができます。

[注10]インスリン受容体
インスリンの作用を伝えるため細胞表面に存在しています。本研究では腸上皮に特異的にインスリン受容体を欠損させる手法を用い、全身の中で腸上皮だけにインスリンの作用が伝わらないようにしています。

[注11]体細胞変異
細胞の「設計図」と考えられているDNAが傷つき、誤って修復されるなどすることで起こる事象を指します。場合によっては細胞の異常増殖や細胞死の異常な抑制が引き起こされ、一部が悪性細胞となってしまいます。STAMマウスの癌組織で認められる遺伝子変異はヒトの肝細胞癌の患者さんの癌組織のそれに近いと報告されています(Dow, M. et al. Integrative genomic analysis of mouse and human hepatocellular carcinoma. Proc Natl Acad Sci USA 115, E9879–e9888(2018))。

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