全身麻酔の深さに連動して、脳波の前方移動が進行する

2023年01月16日患者・一般


  • 全身麻酔による脳波の前方移動を定量しました。
  • 脳波の前方移動の程度と全身麻酔の深さが連動することを初めて報告しました。
  • 客観的な麻酔深度の指標を与え、全身麻酔の質の向上が期待されます。

研究概要

全身麻酔に必要な麻酔薬の量には個人差があります。麻酔科医は血圧や心拍数、脳波モニタなどを参考に麻酔薬の量を調節しますが、これには熟練が必要です。全身麻酔による脳波の変化のパターンは患者さんの年齢や麻酔薬の種類によって異なります。特に子供の患者さんの場合や特定の麻酔薬を使った場合に、既存の脳波モニタの解釈が難しいことがあります。そのため、より信頼性の高い客観的な麻酔深度の指標が求められています。

今回私たちは脳波のαリズム(注1)と呼ばれる成分が全身麻酔によって頭の前のほうに移動する現象に注目しました。この現象は前方化あるいは前方移動と呼ばれます。私たちは50人の全身麻酔中の患者さんの頭全体の脳波から脳波の前方移動を定量し、これが麻酔深度とよく連動することを示しました。

脳波の前方移動と麻酔深度の関係が確立されれば、既存の脳波モニタとは別の視点から客観的に麻酔深度を見積もることができ、全身麻酔の質の向上が期待されます。

研究内容

東大病院では年間7000件程度の手術で全身麻酔が行われています。麻酔が少なすぎると手術中に目が覚めたり動いたりするリスクがあり、麻酔が多すぎると術後の目の覚めが悪くなるリスクがあります。近年は過剰の麻酔と術後の認知機能障害の関係も示唆されています。従って、麻酔薬の量を適切に調整する必要があります。

全身麻酔に必要な麻酔薬の量には個人差があります。麻酔科医は血圧や心拍数、脳波モニタなどを参考に麻酔深度を見積もって麻酔薬の量を調節します。これには熟練が必要です。現在、BISモニタ(注2)と呼ばれる脳波モニタが広く使われていますが、患者さんの年齢や麻酔薬の種類などによってはBISモニタが提供する麻酔深度は適切でないことが報告されています。特に子供の患者さんではBISモニタの解釈が難しいです。また、2020年に発売された新しい全身麻酔薬であるレミマゾラムを使った場合のBISモニタの有効性も確立されていません。従って、より信頼性の高い客観的な麻酔深度の指標が求められています。

今回私たちは脳波のαリズムと呼ばれる成分に注目しました。目が覚めている人では、αリズムは後頭部中心ですが、全身麻酔で意識がなくなった状態になると後頭部のαリズムは弱くなり、代わりに前頭部で強いαリズムが出現します。この現象は前方化あるいは前方移動として知られていましたが、麻酔深度との定量的な関係は調べられていませんでした。私たちはこれを定量することで麻酔深度を客観的に見積もることができると考えました。既存の脳波モニタは前頭部の脳波しか使っていないので、これは新しいアプローチになります。

私たちは50人の手術を受ける全身麻酔中の患者さんの頭全体の脳波を記録し、前頭部と後頭部のαリズムの強さ、αパワーを計算しました。前頭部と後頭部のαパワーは単独でも麻酔深度とある程度連動しますが、それらの差を計算するとより明確に連続的に麻酔深度と連動することが分かりました(図)。さらに、前頭部と後頭部のαパワーは単独では麻酔薬の種類によってパターンが異なるのに対して、前後差を計算した場合には麻酔薬の種類によらず類似したパターンを示しました。これらの結果から、脳波の前方移動の程度は本質的に麻酔深度を反映すると考えられ、客観的な麻酔深度の指標として有用であることが示唆されました。

今後私たちは子供の患者さんの場合やレミマゾラムを使った場合のような、BISモニタの有効性が確立されていないケースで頭全体の脳波を記録し、脳波の前方移動と麻酔深度の関係を調べたいと考えています。また健常者を対象に麻酔薬を少しずつ増やしたり減らしたりして、脳波の前方移動と麻酔深度の関係をより詳しく調べたいと考えています。

これらの研究によって脳波の前方移動と麻酔深度の関係が確立されれば、既存の脳波モニタとは別の視点から客観的に麻酔深度を見積もることができ、全身麻酔の質の向上が期待されます。

図:αパワーと麻酔深度の関係
図:αパワーと麻酔深度の関係(詳細は下記論文参照)
前頭部と後頭部のαパワーは単独でも麻酔深度と連動しますが、前後差はより明確に連続的に麻酔深度と連動しました。横軸の麻酔深度はBISモニタによるものですが、前頭部の脳波のみから計算されるBIS値と、前後の脳波から計算されるαパワー前後差がこれほどに連動するのは驚きでした。

論文情報

雑誌名

Journal of Clinical Monitoring and Computing

論文タイトル

Quantitative relationship between anteriorization of alpha oscillations and level of general anesthesia

著者

Seiichi Azuma, Masaaki Asamoto*, Kohshi Hattori, Mikiya Otsuji, Kanji Uchida & Yoshitsugu Yamada

DOI

10.1007/s10877-022-00932-z

掲載日

2022年11月1日

研究者

東 星一(東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 医師)
朝元 雅明(東京大学 医学部/医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 講師)
内田 寛治(東京大学 大学院医学系研究科/医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 教授)
山田 芳嗣(東京大学名誉教授)

用語解説

(注1)αリズム:
元々は目を閉じて起きている人の後頭部の脳波で特徴的に見られる1秒に8から12回程度のペースの活動をするリズムとして名付けられました。睡眠時や全身麻酔中では前頭部の脳波でこのリズムの活動が見られます。

(注2)BISモニタ:
現在広く使われている脳波モニタで、バイスペクトラルインデックス(BIS値)と呼ばれる麻酔深度を推測する数値を出力します。BIS値は実際の麻酔深度と乖離することもあり、麻酔科医はBIS値だけでなく実際の脳波の波形と組み合わせて総合的に判断することが求められます。