難病である脂肪萎縮症の治療中に生じた重症大動脈弁狭窄症の一例を報告

2022年07月08日患者・一般


  • 脂肪萎縮症(注1)に対して長期間のレプチン補充療法(注2)を受けた30代の女性に、若年者では稀な重症の大動脈弁狭窄症(注3)が認められたことを報告しました。
  • レプチン補充療法中に大動脈弁狭窄症が進行しうる危険因子として、老化を促進する遺伝子変異があること、および炎症抑制作用のあるアディポネクチン(注2)の血中濃度が低いことを、新たに提唱しました。
  • 本報告は、脂肪萎縮症に対するレプチン補充療法の長期間にわたる安全性の確保につながることが期待されます。

発表概要

難病である脂肪萎縮症に対して、レプチン補充療法の有効性が示されてきましたが、一方でレプチンの炎症促進作用が長期的に及ぼす影響については、十分明らかではありませんでした。今回発表グループ、ラミンA/C遺伝子の変異に伴う全身性脂肪萎縮症関連早老症(注4)に対して、長年レプチン補充療法を受けてきた30代の女性が、経カテーテル的大動脈弁留置術(注5)を要する重症の大動脈弁狭窄症を来たしたことを報告しました。この方は遺伝的背景のために、大動脈弁狭窄症のような加齢に伴う疾患が進行しやすかった可能性があります。加えて脂肪組織から分泌される生理活性物質(アディポカイン)のうち、炎症を抑えるアディポネクチンが非常に低い一方、炎症を促進するレプチンの補充を長年受けてきたことで、アディポカイン間の不均衡が炎症に拍車をかけ、大動脈弁狭窄症が進みやすかった可能性が想定されました。このことから脂肪萎縮症のうち、全身性脂肪萎縮症関連早老症の原因となる遺伝子変異があり、またアディポネクチンが低い場合に、長期間のレプチン補充療法が大動脈弁狭窄症と関連しうるものと考えられました。

発表内容

国の指定難病である脂肪萎縮症に対して、レプチン補充療法が糖脂質代謝異常、ならびに生命予後を著明に改善することが示されてきましたが、一方でレプチンには炎症促進作用があり、これが長期的にどのような影響を及ぼしうるかについては十分明らかではありませんでした。今回発表グループは、長年レプチン補充療法を受けてきた30代の女性が、重症の大動脈弁狭窄症を来たしたことを報告しました。

本症例は10歳頃より脂肪組織の減少を自覚し、13歳時に全身性脂肪萎縮症と診断されました。著明な高中性脂肪血症に因る急性膵炎を3回繰り返し、糖尿病のコントロールも悪かったことから、16歳時にレプチン補充療法が開始されました。高中性脂肪血症と糖尿病は改善し、以降膵炎の再発も見られませんでしたが、23歳時に軽症の大動脈弁狭窄症を指摘されました。29歳時に感染をきっかけに心不全症状が出現し、入院を要しました。その後も症状が持続するため、経カテーテル的大動脈弁留置術目的に入院となりました。遺伝子解析で全身性脂肪萎縮症関連早老症の原因となるラミンA/C遺伝子の変異が見つかりましたが、脂肪萎縮症や心疾患の家族歴はありません。

入院時の身長158cmに対して体重31kgと著明な痩せを認め、心不全のマーカーであるBNPの高値と胸部X線での心拡大があり、心エコーでは引き続き高度の大動脈弁狭窄が見られました。またレプチン注射後の血液検査で、高レプチン血症と低アディポネクチン血症を認めました。経カテーテル的大動脈弁留置術を行なったところ、心不全は著明に改善し、以降2年間にわたって安定しています。

大動脈弁狭窄症は高齢者に多い疾患で、先天的な奇形以外の原因で30代までに発症することは珍しく、経カテーテル的大動脈弁留置術を必要とすることは稀です。その危険因子として、高レプチン血症と低アディポネクチン血症が知られていますが、本症例では脂肪萎縮症のためにアディポネクチンが低値を示す一方、補充療法によってレプチンは高値を呈しており、レプチン/アディポネクチン比が著明に高いものと考えられました。加えて全身性脂肪萎縮症関連早老症では心臓の弁の異常が多く見られ、同様の経カテーテル的大動脈弁留置術などには至っていないものの、レプチン補充療法を10年以上受けて大動脈弁の石灰化が高度に進んだ症例が報告されています。このことから本症例では、加齢に伴う疾患が進みやすい早老症の遺伝的背景があったのに加え、長期間のレプチン補充療法によるアディポカインの不均衡が炎症に拍車をかけ、30代にして重症の大動脈弁狭窄症を来たした可能性が想定されました。このことから脂肪萎縮症のうち、全身性脂肪萎縮症関連早老症の遺伝的背景があり、またアディポネクチンが低い場合に、長期間のレプチン補充療法が大動脈弁狭窄症と関連しうるものと考えられました。

本症例においては留置した弁の再狭窄を防ぐことが非常に重要であり、そのためにレプチンの投与量を調節し最適化することが、今後の課題として挙げられました。またアディポカインの不均衡の観点からは、レプチン単独の補充でなく、レプチンとアディポネクチンの共補充療法が実現すれば、その方が好ましい可能性が示唆されました。

図:本症例において重症大動脈弁狭窄症を発症した機序に関する仮説
図:本症例において重症大動脈弁狭窄症を発症した機序に関する仮説

論文情報

雑誌名

Journal of Diabetes Investigation

論文タイトル

Severe aortic stenosis during leptin replacement therapy in a patient with generalized lipodystrophy-associated progeroid syndrome due to an LMNA variant: A case report.

著者

Sasako T, Kadowaki H, Fujiwara T, Kodera S, Komuro I, Kadowaki T, Yamauchi T*.

DOI

10.1111/jdi.13827

掲載日

2022年5月7日

研究者

山内 敏正(東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学/東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)
笹子 敬洋(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教)

用語解説

(注1)脂肪萎縮症:
脂肪萎縮症は脂肪組織が減少する疾患の総称で、過剰なエネルギーの貯蔵機能が低下するのと共に、脂肪細胞から分泌される生理活性物質(これをアディポカインと呼びます)が不足することで、糖尿病や高中性脂肪血症、脂肪肝などを来たします。国の指定難病で、患者数は全国で100人程度と推定されていますが、糖尿病の合併症に加えて急性膵炎や肝硬変、肥大型心筋症などのため、平均寿命は30~40歳と言われていました。

(注2)レプチン・レプチン補充療法・アディポネクチン:
脂肪組織から分泌される生理活性物質であるアディポカインのうち、強い食欲抑制作用や代謝改善作用を示すのがレプチンです。脂肪萎縮症で低下するレプチンを1日1回の自己注射で補うレプチン補充療法が開発され、我が国では2013年から脂肪萎縮症の治療薬として保険承認されています。レプチンと共に代謝を改善する、いわゆる善玉アディポカインとしてはアディポネクチンがありますが、レプチンが炎症を促進する一方、アディポネクチンは炎症を抑えることが知られています。

(注3)大動脈弁狭窄症:
心臓には4つの弁があり、血液の流れる向きを決めていますが、大動脈弁は心臓の左室と大動脈の間にある弁です。この大動脈弁が狭くなる大動脈弁狭窄症は高齢者に多い疾患で、先天的な奇形以外の原因で若い人に起きることは珍しいとされています。進行すると息切れや脚のむくみといった心不全症状が現れ、失神や突然死の原因となることもあります。

(注4)全身性脂肪萎縮症関連早老症:
全身性脂肪萎縮症関連早老症は、ラミンA/Cという遺伝子の異常が原因となる疾患として、最近になって提唱されました。脂肪萎縮症と共に、全身の老化が進みやすい早老症の症状が、小児期に現れることが報告されています。ラミンA/Cは細胞の中の核膜に分布しますが、遺伝子の異常があると働きが損なわれると考えられています。

(注5)経カテーテル的大動脈弁留置術:
重症大動脈弁狭窄症の治療として、これまでは開胸を必要とする外科的治療が主に行なわれてきました。これに対してより負担の少ない治療として、血管の中にカテーテルを入れて心臓まで到達させ、正常に働く弁を留置する治療が開発されました。これが経カテーテル的大動脈弁留置術であり、幅広く行なわれるようになりつつあります。