嗅粘膜の迅速蛍光イメージング

2022年04月15日患者・一般


  • 鼻の粘膜のうち嗅粘膜のみを特異的に描出し、その障害を客観的に評価するための分子を同定しました。
  • これまで嗅粘膜の状態を客観的に把握することは困難でした。これらの分子をプローブとして使うことで内視鏡での観察により嗅粘膜の状態を評価できるようになります。
  • 本研究の応用により、嗅粘膜の状態を客観的に評価できるようになり、嗅覚障害の病態解明が期待されます。またこれまでの嗅覚障害の疾患分類そのものを変え、嗅覚診療の変換点となる可能性があります。

研究の内容

嗅覚受容機構はマウスをモデル生物として用いて分子レベルで解明されてきています。しかしヒトの嗅覚障害に目を向けると、その分子レベルでの病態は不明のままです。このヒトの嗅覚障害の病態生理が不明である理由として、嗅覚機能および嗅覚器の状態を正確に把握できる方法が無いことが挙げられます。臨床におけるヒトの嗅覚機能検査は、被験者の主観的な匂いの認知感覚に依存した主観的な検査方法のみであり、他覚的な評価方法は存在していません。そのため現在の嗅覚障害の診断分類は、嗅覚障害を引き起こした原疾患とその障害部位の推測によるものとなっています。またヒトの嗅覚障害患者の嗅粘膜の組織解析では、嗅上皮が無神経化や呼吸上皮化生を起こすと報告されていますが、実際の臨床において嗅粘膜の組織生検を行うことはできません。そこで生検せずに内視鏡で観察することで嗅粘膜の状態を評価することができれば、嗅覚障害の診断および治療評価等に有用となります。

今回研究グループは嗅粘膜を特異的に標識する蛍光プローブを確立しました。この研究ではヒトの鼻腔粘膜の全ゲノム解析のデータから、呼吸粘膜と比較して嗅粘膜に優位に発現しているcytochrome p450-2A6(CYP2A6)およびγ-glutamyltranspeptidase(GGT)という2つの酵素を抽出し、その基質であるCoumarinおよびgGlu-HMRGという2つの分子に着目をしました。まずCYP2A6およびGGTの2つの分子がヒトおよびマウス嗅粘膜の支持細胞および腺組織に特異的に発現していることを示しました。そしてこれらの酵素の基質であるCoumarinおよびgGlu-HMRGが、嗅粘膜のこれらの細胞で代謝され、その代謝産物が蛍光を発する性質を利用することで、嗅粘膜を描出できることを確認しました。これらをプローブとしてマウスの鼻粘膜に噴霧をして励起すると、迅速に嗅粘膜のみが発光するため、嗅粘膜を特異的に描出できます。さらにマウスの嗅粘膜障害モデルでの検討では、これらのプローブは無神経化した嗅上皮は描出しませんが、再生した嗅粘膜は描出することがわかり、嗅粘膜の状態を直接観察して把握できることを明らかにしました(図)。

これらのプローブが将来的にヒトでの応用が可能となった場合、内視鏡下の観察により嗅粘膜の状態を観察できるようになります。このことは嗅覚障害の疾患分類そのものを変え、嗅覚診療の大きな変換点となる可能性があります。さらにこの嗅粘膜特異的プローブにより嗅粘膜を直接可視化できるようになることは、耳鼻咽喉科診療で行われている内視鏡下鼻副鼻腔手術や頭蓋底手術等での有用性も期待されます。

図:嗅粘膜の迅速蛍光イメージング
図:嗅粘膜の迅速蛍光イメージング

論文情報

雑誌名

iScience

論文タイトル

Rapid fluorescent vital imaging of olfactory epithelium

著者

Hironobu Nishijima, Matthew J.Zunitch, Masafumi Yoshida, Kenji Kondo, Tatsuya Yamasoba, James E.Schwob, Eric H.Holbrook*

DOI

10.1016/j.isci.2022.104222

掲載日

2022年4月8日

研究者

山岨 達也(東京大学 大学院医学系研究科/医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 教授)
西嶌 大宣(東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 特任講師(病院)[助教])