ベルツ賞受賞 南学正臣教授(腎臓・内分泌内科)

2020年11月04日研究

 腎臓・内分泌内科 南学正臣教授の論文「腎臓病進行の最終共通経路としての低酸素状態の病態生理的意義の解明と新規治療法の開発」が第57回ベルツ賞で1等賞を受賞しました。


 ベルツ賞は、1964年にベーリンガーインゲルハイム社によって創設された伝統のある日本国内の医学賞です。日本の近代医学の発展に大きな功績を残したドイツ人医師ベルツ博士の名を冠して、正式にはエルウィン・フォン・ベルツ賞と名付けられています。ベルツ博士は東大病院とも深い縁があります。1876年、東京医学校(東京大学医学部の前身)の教師としてドイツから招かれ、翌1877年から東京大学医学部で内科学を教授指導し数多くの医師を育てました。

受賞論文について

 ベルツ賞は、毎年時宜に応じたテーマで論文の募集が行われ、優れた論文に授与される医学賞です。今年は「慢性腎臓病(CKD)- 病態生理と対策」というテーマで19篇の論文が審査されました。その結果、南学正臣教授の低酸素誘導因子HIF-1のCKD病態への関与とその治療応用に関する研究が高く評価され、第57回ベルツ賞で 1等賞を受賞するに至りました。


 南学教授は、慢性腎臓病進行の最終共通経路としての腎臓の低酸素に関する研究を進めてきました。体内の臓器の酸素分圧を定量的に評価する方法を開発し、さまざまなモデル動物を用いて低酸素が病初期から腎臓病の進行に重要な役割を果たしていること、一時的な低酸素であってもそれがエピジェネティックな変化により細胞に記憶されて長期に渡る影響を与えることなどを示しました。


 低酸素に対する防御機構として、生体は転写因子である低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor:HIF)を備え、HIF の活性化はさまざまな適応応答分子を強力に誘導します。南学教授らの研究グループは、腎臓の低酸素状態に対する防御機構として HIF が重要な役割を果たしている可能性に気づき、世界に先駆けてその解明に取り組み、初めて実験動物で HIF を薬理学的に活性化することにより腎障害を予防することを見出しました。その後も、本研究グループをはじめとする世界各国の研究グループによって、異なった腎臓病モデル動物を用い、さまざまな手法でHIF を活性化させ、HIFの活性化が腎臓病の予防と治療に有効であることが示されています。


 さらに、南学教授らの研究グループは、網羅的解析技術を利用して腎臓の低酸素病態に関与するさまざまな分子を同定し、低酸素状態の腎臓における応答の全貌の解明にも迫っています。また、HIFの標的遺伝子は多岐にわたっており、グルコース・エネルギー代謝関連遺伝子もその標的遺伝子に含まれていることから、HIFの活性化が腎臓病自体のみならず、その母体となる生活習慣病本体の改善にもつながることを解明しました。


【受賞のコメント】
 このような栄誉ある賞を頂き、身の引き締まる思いです。これまでご指導を頂いた先生方と、一緒に研究をしてきた先生方との合同の成果であり、心から感謝しています。HIFと低酸素感知機構の研究は、生物にとって最も根源的なシステムを明らかにするものであるとともに、画期的な新規治療薬の開発への道筋をつけるものです。今後も、病気に悩む多くの患者さんに貢献できるよう、更に患者さんに寄り添った研究を進めていきたいと思います。(南学正臣)

慢性腎臓病(CKD)について

 慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)は、進行すると末期腎不全に至り腎代替療法が必要となるのみならず、高率に心血管病などの合併症を引き起こし、国民の健康寿命を短縮する重大な要因となっています。また、日本では高齢化が急激に進み、65歳以上の人口の割合が全人口の28%を超える超超高齢社会となっており、加齢に伴う腎臓病の増加と透析患者の高齢化が大きな問題となっています。2018年末の時点で日本における維持透析患者数は 339,841人ですが、平均年齢は年々上昇し、全体の平均年齢は 68.8歳、維持透析患者で最も割合が高い年齢層は男女とも70~74歳となっています。2018年に発表された厚生労働省・腎疾患対策検討会の報告書でも「今後も進行する高齢化に伴い、CKD患者の増加が予想されることから、腎疾患対策の更なる推進が必要である」と明記されています。腎不全が進行すると合併症としての腎性貧血が起こりますが、これは患者の生活の質を低下させるとともに、各種臓器への酸素運搬能の低下による臓器障害も引き起こす可能性があります。日本では、腎不全は国民の死因の第7位であり、腎臓病の克服は喫緊の課題となっています。

主な論文

1.Kurata Y, Tanaka T, Nangaku M. Hypoxia-inducible Factor Prolyl Hydroxylase Inhibitor in the Treatment of Anemia in Chronic Kidney Disease. Curr Op Nephrol Hypertens 29, 414-422, 2020
2.Sakashita M, Tanaka T, Nangaku M. Hypoxia-Inducible Factor-Prolyl Hydroxylase Domain Inhibitors to Treat Anemia in Chronic Kidney Disease. Contrib Nephrol 198, 112-123, 2019
3.Hasegawa S, Tanaka T, Nangaku M. Hypoxia-inducible factor stabilizers for treating anemia of chronic kidney disease. Curr Op Nephrol Hypertens 27, 331-338, 2018
4.Sugahara M, Tanaka T, Nangaku M. Prolyl hydroxylase domain inhibitors as a novel therapeutic approach against anemia in chronic kidney disease. Kidney Int 92, 306-312, 2017
5.Hirakawa Y, Tanaka T, Nangaku M. Mechanisms of metabolic memory and renal hypoxia as a therapeutic target in diabetic kidney disease. J Diabetes Investig 8, 261-271, 2017
6.Tanaka S, Tanaka T, Nangaku M. Hypoxia as a key player in the AKI-to-CKD transition. Am J Phyisol Renal Physiol 307, F1187-95, 2014
7.Shoji K, Tanaka T, Nangaku M. Role of hypoxia in progressive chronic kidney disease and implications for therapy. Curr Opin Nephrol Hypertens 23, 161-8, 2014
8.Mimura I, Tanaka T, Nangaku M. Novel therapeutic strategy with hypoxia-inducible factors via reversible epigenetic regulation mechanisms in progressive tubulointerstitial fibrosis. Semin Nephrol 33, 375-82, 2013
9.Tanaka T, Nangaku M. Angiogenesis and hypoxia. Nature Rev Nephrol 9, 211-22, 2013
10.Mimura I, Nangaku M. The suffocating kidney: Tubulointerstitial hypoxia in the pathogenesis of end-stage kidney disease. Nat Rev Nephrol 6, 667-78, 2010
11.Tanaka T, Nangaku M. The role of hypoxia, increased oxygen consumption, and hypoxia-inducible factor-1 alpha in progression of chronic kidney disease. Curr Opin Nephrol Hypretens 19, 43-50, 2010
12.Nangaku M. Chronic hypoxia and tubulointerstitial injury. A final common pathway to end stage renal failure. J Am Soc Nephrol 17, 17-25, 2006

関連リンク