東大病院の目指す方向
「東大病院の目指す方向2023~2024年度版」の最終評価にあたって
東京大学医学部附属病院には、「臨床医学の発展と医療人の育成に努め、個々の患者に最適な医療を提供する」という理念があり、その実現のために「患者の意思を尊重する医療の実践、安全な医療の提供、先端的医療の開発、優れた医療人の育成」という目標を掲げています。この理念と目標を達成し、東大病院が社会から求められている日本の医学・医療の拠点としての機能を果たすために、当院では2年毎に「東大病院の目指す方向」と題するアクションプランを立ててきました。最新のプランは「東大病院の目指す方向2023~2024年度版」として、2023年に作成されました。その内容は以下のとおりです。
1.診療
当院に求められる高度医療・先端的医療の機能をより一層高め、診療の質の向上を目指し、かつ安全に提供するために、組織及び業務を見直し、効率的な運用を行う。また、高度急性期機能を有する病床を有効かつ効率的に活用するとともに病床稼働を維持する取り組みを行う。さらに多職種が尊重し合い連携して患者に最適な医療の提供を目指すとともに、地域や海外の医療機関との役割分担、協力体制を強化し、地域医療と国際診療に貢献する。
2.研究
医療イノベーションに資する臨床研究や、最適な医療が選択できるような科学的根拠を形成する臨床研究を推進する。また、他学部等との連携による新たな研究プロジェクト、トランスレーショナルリサーチ、最新のテクノロジーを取り入れた研究の推進を図る。
3.教育・研修
多職種の連携、タスクシフト・タスクシェアの推進に資する各職種の専門性強化、教育機能拡充、教育環境整備を進めるとともに、より高度な医療人材を育成するための教育・研修プログラムの検討、実施を行う。
4.人事・労務
医師の働き方改革に対応するため、特例水準適用に向けた取組みを継続して実施するとともに、タスクシフト・タスクシェアを推進し医療従事者の負担軽減を図る。また、勤怠管理システムの機能拡充を進め、勤務間インターバル等の健康確保措置の運用を確実にするとともに、教職員の就労環境の向上及び適切な人員配置を行う。
5.運営
個々の患者への持続的で最適な医療の提供と全ての教職員が互いに協力して働きやすい職場環境の構築を両立するとともに、社会情勢に合わせた病床運営の在り方や患者受入れ体制を検討し、経営基盤の安定化を図る。また、インフラ整備を含む再開発整備計画を推進し、法令改正等に適切に対応しながら、患者の信頼感を高める接遇や医療におけるICTの利活用等、患者療養環境の更なる構築に取り組む。
このたびの最終評価では、策定したアクションプランの進捗状況を確認し、「達成状況」、「次期執行部に引き継ぐべき課題」について担当副院長を中心に取り纏め、病院執行部で評価、検討いたしました。
この2年間、東大病院は高度医療・先進医療の機能強化に注力し、臓器移植やロボット支援手術など高難度手術の増加に対応してきました。これらの取り組みの結果、2024年度の手術件数は過去最高となりました。同時に、医師主導治験を含む臨床研究の活性化のため、研究者への継続的な財政支援に加え、企業治験促進のためのタスクフォースを設置し、課題の整理を進めました。 さらに、タスクシフト・タスクシェアの推進による医療従事者の業務負担軽減にも取り組んでいます。
厳しい経営状況下においても、柔軟な病床運用による患者受入体制の構築、積極的な情報発信、多様な財源確保など、社会情勢に合わせた対応を進めてまいりました。本最終評価をご確認いただければ、アクションプランの着実な達成状況をご理解いただけるものと信じております。
関係各位のご尽力に改めて感謝申し上げます。東大病院がその理念を実現し、更なる発展を遂げるためには、教職員一体となっての継続的な努力が不可欠です。次年度も変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
2025年3月吉日
東京大学医学部附属病院
病院長 田中 栄
総評
1.診療
手術部及び集中治療部門(ICU)の運用の効率化・適正化の推進、設備整備、看護師等の配置・育成の強化により、臓器移植手術やロボット支援手術等の高難度手術を始めとする手術件数の増加に対応した。救急救命士の雇用により救命救急センターの効率的な運用を推進し、救急医療体制の充実を図った。一般病棟における患者急変に迅速に対応する院内緊急対応システムを強化した。腫瘍センターの拡充や臨床腫瘍科の新設、がんゲノム医療体制整備等により先進的ながん医療を診療科横断的に提供する体制が強化された他、ICTの活用や地域医療機関・海外医療機関との連携強化により地域医療および国際診療に貢献した。医療安全、感染対策等eラーニングを通じた教職員教育を充実・徹底し、診療の質を保証した。各部署・部門においては、多職種が連携して患者の意思を尊重した医療提供や倫理的課題への対応、診療録の質向上に取り組んだ。
2.研 究
医療法上の特定臨床研究等の活性化を図るため、医師主導治験等に対する研究者への継続的な財政支援に加え、企業治験の活性化に向けたタスクフォースを設置し課題整理を進めた。橋渡し拠点事業における研究者との知財面談へ、東京大学の研究成果を企業に技術移転する組織である東大TLOの参加が開始され、企業が求めると想定される課題の整理・相談支援体制を強化した。東京大学新世代感染症センター(UTOPIA)と連携しワクチン開発のための迅速な臨床試験実施体制の整備に必要な治験審査の一括審査、契約の迅速化等の課題について検討を開始した。臨床研究中核病院におけるリアルワールドエビデンス創出のための枠組みの方針に基づき、研究用標準化臨床データベースの試験構築と検証を実施し、医療DXに向けて医療分野における高度な日本語処理能力を有する大規模言語モデル(LLM)の開発状況の調査を開始した。本学の化学物質・高圧ガス管理システム(UTCIMS)を用いた試薬等の管理を徹底し、リスクアセスメントを実施するための体制を整備した。
3.教育・研修
医療従事者の教育と研修環境の充実を目的とした多岐にわたる取り組みが実施された。看護師のキャリアアップ支援や医療スタッフの接遇向上に力を入れた。臨床研修医や看護師に対しては、新たな研修プログラムが導入され、看護師特定行為研修では、これまでに12名が認定されており、麻酔科医との協働により専門的な実践が進んだ。また、臨床検査技師や他の医療職に対する研修も強化されており、資格取得支援制度の拡充に伴い、専門性の向上が図られた。さらに、eラーニングやオンデマンド教材の導入により、教育の効率化とアクセス向上が実現された。研修環境の改善のため、病院長と研修医の意見交換会が開催され、より柔軟で効果的な研修体制が構築された。今後も、医療人材の育成と専門性の向上に努めていく方針である。
4.人事・労務
医師の働き方改革への対応として、医師労働時間短縮計画案を作成し東京都へ特例水準(連携B水準)の申請を行い、連携型特定地域医療提供機関に指定された。加えて、勤怠管理システムを活用し時間外労働、自己研鑽、兼業先労働時間等を把握・管理するとともに、勤務間インターバルや面接指導等の健康確保措置を適切に運用できるようシステムの整備を行った。
また、役割分担推進委員会において移行可能な業務の検討や把握を行い、特定行為研修修了看護師の活用、他職種や医師事務作業補助者への業務移管を拡大する等、タスクシフト・タスクシェアを推進し医療従事者の業務負担の軽減を図った。
更に、院内保育園の利用資格の緩和や派遣型病児保育制度を継続して実施する等、両立支援の推進や働きやすい職場環境の整備を行った。
5.運 営
最適な医療の提供と全ての教職員が互いに協力して働きやすい職場環境の構築を推進するため、「東大病院の理念と基本方針」に「職場環境」を新設し、行動目標やKPIに反映した。また、全教職員や各部署を対象とした病院長対話を実施するとともに、積極的な多職種ミーティングにより風通しのよい職場環境構築に取り組んだ。
物価高騰等の影響による厳しい経営状況下において、本院が担うべき役割を推進すべく、社会情勢に合わせた患者受入体制の構築に向けて、診療科の枠にとらわれない流動的な病床運営を推進した。加えて経営基盤の安定化に向けて、全教職員の理解が得られるよう積極的な情報発信や多様な財源確保に努めた。さらに、疾病予防や医療の国際化を進めるべく予防医学・国際化事業を継続的に展開した。
インフラ整備を含む中長期的な病院再開発整備計画を推進するため、限られた財源の中でも医療機器等の戦略的な更新に取り組んだ。
また、地域の医療機関との連携強化を図るべく、病院幹部による医師会訪問など積極的な地域連携の推進に取り組んだ。
患者の信頼感を高める接遇教育を実施するとともに、院内体制の一層の充実や更なる医療の質の向上のために病院機能評価の更新受審を進めた。引き続き、医療DXを推進すべく外来受診支援アプリによる後払いシステムの導入やオンライン資格確認用顔認証端末を増設する等、医療サービスの向上や環境改善に取り組んだ。