細胞のエネルギー代謝関連経路がヒトiPS細胞を発生初期のnaive状態へ導く仕組みを発見

2026年09月14日患者・一般

―再生医療研究と老化研究をつなぐ可能性―

発表のポイント


  • 細胞のエネルギーセンサーAMPK(注1)をAICARやメトホルミン(注2)で、または下流のp38(注3)を活性化するだけで、ヒトiPS/ES細胞(注4)を発生最初期に近いnaive状態(注5)へ変換できることを初めて示しました。
  • 従来このnaive化には複数の阻害剤やサイトカインの組み合わせが必要でしたが、本研究はAMPK-p38という単一の代謝シグナルが中心的な役割を担うことを示しました。p38を阻害すると、本研究の条件下ではこの変換は起こりませんでした。
  • 既報のnaive化法にAICARを組み合わせると、変換効率は約4.1倍に向上しました。変換された細胞は、naive状態に特徴的な多数の遺伝子発現やDNAメチル化の低下、X染色体の再活性化など、複数の指標を満たしていました。
  • 1細胞ごとに遺伝子の働きを調べる解析(注6)により、primed状態からnaive状態へ移り変わる途中の中間状態をとらえ、多能性・naive関連・分化抑制の3群の遺伝子が足並みをそろえて高まることを見いだしました。

研究概要

ヒトのiPS細胞・ES細胞は多能性をもちますが、通常は発生が一段進んだprimed状態にあります。これを受精直後に近いnaive状態へ戻すことは、初期発生の理解やiPS細胞の品質向上に役立つと期待される一方、従来は多くの因子の組み合わせを要し、本質的に何が変換を駆動しているのかは分かっていませんでした。東京大学大学院医学系研究科 細胞組織コミュニケーション講座の楊 振楠 届出研究員と山下 潤 特任教授らの研究グループは、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の研究グループとの共同研究により、AMPKをAICARやメトホルミンで活性化する、あるいは下流のp38シグナルを活性化するだけで、ヒトiPS/ES細胞がnaive状態へ変換されることを示しました。p38を阻害すると本研究の条件下では変換が起こらず、AMPK-p38経路が中心的な役割を担うことが裏づけられました。既報の方法との併用で効率は約4.1倍に高まり、複数の分子・機能指標と1細胞解析によって変換を検証しました。本成果はエネルギー代謝と多能性制御の結びつきを示す知見で、米科学誌iScienceに2026年5月15日付で掲載されました(オンライン先行公開は同年4月1日)。

図1:本研究の概要(論文のGraphical Abstractを日本語化)

図1:本研究の概要(論文のGraphical Abstractを日本語化)
primed状態のヒト多能性幹細胞(左下)に、AMPKを活性化するAICARや糖尿病治療薬メトホルミンを加えると、AMPKが活性化し、その下流のp38も活性化される。このAMPK-p38経路の活性化により、(i)多能性遺伝子、(ii)naive状態に関連する遺伝子、(iii)分化を抑える遺伝子の3群が協調して高まり、細胞は受精直後に近いnaive状態(右上)へと変換される。一方、この経路が働かない場合には神経の分化や機能に関わる遺伝子が高まり、細胞は分化細胞(右下)へと進む。

研究内容

1.研究の背景

ヒトのiPS細胞・ES細胞は多能性をもちますが、通常は発生が一段進んだprimed状態にあります。これを受精直後に近いnaive状態へいったん戻すと、初期発生の研究が進むだけでなく、iPS細胞をつくる過程や、もとになった細胞に由来して残るエピゲノムの記憶(細胞の出自による癖、注7)を弱め、より均質で安定なiPS細胞を得られる可能性が示されています。実際、Buckberryらは2023年にNature誌で、短時間だけnaive状態を経由させる処理によってこの記憶が補正され、ES細胞に近い性質を取り戻すことを報告しました(参考文献1)。一方で、ヒト細胞のnaive化には複数の阻害剤やサイトカインの組み合わせが必要で、何が本質的なスイッチなのかは十分に分かっていませんでした。この分野では、さまざまなグループによってヒト多能性幹細胞をnaive状態へ変換する方法が探索されてきましたが(参考文献2など)、変換を本質的に駆動する要因の解明と手法の簡便化が課題となっていました。

2.研究成果

研究グループは、細胞のエネルギー状態を感知する酵素AMPKに着目しました。AICARやメトホルミンでAMPKを活性化する、あるいは下流のp38シグナルを活性化すると、ヒトiPS/ES細胞がnaive状態へ移り変わることを見いだしました。逆にp38を阻害すると、本研究の条件下ではこの変換は起こらず、AMPK-p38経路が中心的な役割を担うことが裏づけられました。既報のnaive化条件にAICARを併用すると、変換効率は約4.1倍に向上しました。変換された細胞は、KLF4やTFCP2L1などnaive状態に特徴的な遺伝子の発現、転写因子TFE3の核内移行、ミトコンドリア活性の上昇、ヘテロクロマチンの減少、DNAメチル化の低下、X染色体の再活性化など、多面的な指標でnaive性を示し、三つの胚葉すべてへ分化する能力も保っていました。さらに1細胞RNA解析により、primedからnaiveへ至る中間状態をとらえ、(i)多能性遺伝子、(ii)naive関連遺伝子、(iii)分化抑制遺伝子の3群が協調して高まること、加えて中間段階では抗酸化に関わるメタロチオネイン群の遺伝子も上昇することを明らかにしました。

3.社会的意義や今後の展望

本研究で得られたnaive型ヒトiPS細胞は、ヒトES細胞により近い性質をもつ高品質な多能性幹細胞の開発につながる可能性があります。naive状態では、通常のiPS細胞(primed状態)に残りやすい体細胞由来のエピゲノムの記憶が大きくリセットされることが知られており、細胞株ごとの差異を減らし、より均質で再現性の高い細胞の作製が期待されます(参考文献1)。また、naive状態は大動物の体内でヒト由来の臓器そのものを作製する研究など、次世代の再生医療研究においても重要な基盤技術と考えられています(参考文献3)。

本研究で得られたnaive型ヒトiPS細胞は、ヒトES細胞により近い性質をもつ高品質な多能性幹細胞の開発につながる可能性があります。naive状態では、通常のiPS細胞(primed状態)に残りやすい体細胞由来のエピゲノムの記憶が大きくリセットされることが知られており、細胞株ごとの差異を減らし、より均質で再現性の高い細胞の作製が期待されます(参考文献1)。また、naive状態は大動物の体内でヒト由来の臓器そのものを作製する研究など、次世代の再生医療研究においても重要な基盤技術と考えられています(参考文献3)。

DNAメチル化のパターンは生物学的年齢と密接に関係することが知られており(参考文献5)、細胞を多能性状態へリプログラミングすることで老化関連の指標が若い状態へ戻ること(参考文献6)や、生体内で部分的な初期化を行うことで加齢関連変化の改善が認められること(参考文献7)も報告されています。さらに、初期発生の過程では生物学的年齢がいったん低下する若返りの現象も示されており(参考文献8)、エピゲノムの初期化は老化や若返りと関連づけて国際的に議論されています。naive状態は通常のiPS細胞(primed状態)とは異なり、着床前の初期胚に近い状態であり、『ゲノム全体のDNAメチル化が極めて低く、エピゲノムが最も深くまで 初期化された状態』の一つと考えられています。そのため、通常のiPS細胞をさらにnaive状態へと移行させることは、より深いレベルで細胞の状態を整え直す過程と捉えることができ、再生医療における細胞品質の向上や、細胞初期化の本質を理解する上でも重要な意味を持つと考えられます。

このように、本研究では代謝、ストレス応答、エピゲノム制御という生命現象が、naive化という一つの現象の中で同時に観察されました。こうしたことから本研究は、再生医療研究に加えて、老化研究との接点を考える上でも興味深い知見を提供する可能性があります。特に、代謝シグナルを起点として細胞状態の変化やエピゲノムの再編成が起こる仕組みを理解することは、ヒト初期発生の理解のみならず、細胞の可塑性や加齢に伴う変化を理解する上でも重要な手掛かりになると考えられます。

今後は、さまざまな細胞株や長期間培養における安定性、エピゲノム記憶の軽減の程度、核型の安定性、さらに正常な着床前胚のエピゲノム状態との比較を進め、より安全で再現性の高いnaive化技術の確立を目指します。そして本研究は、AMPK-p38というエネルギー代謝のシグナルを手がかりに、これまで別々に進められてきた再生医療研究と老化研究を結ぶ入り口を見いだし、両分野の橋渡しとなる可能性を示したものといえます。今回の発見を起点に、細胞の若さや加齢の理解にもつながる、分野を越えた新たな発展が期待されます。

論文情報

雑誌名

iScience(Cell Press姉妹誌)

論文タイトル

AMPK-p38 axis converts human pluripotent stem cells to naive state

著者

Zhennan Yang, Yajing Liu, Huaigeng Xu, Junko Yamane, Akitsu Hotta, Wataru Fujibuchi, Jun K. Yamashita*
(*責任著者)

DOI

10.1016/j.isci.2026.115569

掲載日

2026年5月15日(iScience Volume 29, Issue 5)/ オンライン先行公開:2026年4月1日/ 論文番号:115569

研究者

楊 振楠(東京大学大学院医学系研究科 細胞組織コミュニケーション講座 届出研究員)
山下 潤*(東京大学大学院医学系研究科 細胞組織コミュニケーション講座 特任教授)

共同研究機関

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(iPS細胞研究中核拠点、課題番号:JP21bm0104001)、ならびに文部科学省 科学研究費助成事業(課題番号:17H19676、19H05563)の支援を受けて実施されました。

用語解説

(注1)AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ):
細胞内のエネルギー(ATP)が低下したときに活性化する酵素。エネルギー代謝の調節役として知られ、糖尿病治療薬メトホルミンなどによっても活性化される。

(注2)AICAR・メトホルミン:
いずれもAMPKを活性化する物質。AICARは細胞内でAMPに似た分子に変換されてAMPKを活性化する研究用の試薬であり、医薬品ではない。メトホルミンは2型糖尿病の治療薬だが、本研究での使用は培養細胞に対するもので、医療現場での用法・用量とは異なる。

(注3)p38(p38 MAPK):
細胞がストレスなどに応答するときに働くリン酸化酵素。本研究では、AMPKの下流でnaive状態への変換を担う鍵となる分子であることが示された。

(注4)多能性幹細胞(iPS細胞・ES細胞):
体のあらゆる細胞へ分化できる能力(多能性)をもつ細胞。iPS細胞は皮膚や血液などの体細胞から人工的につくられ、ES細胞は受精卵に由来する。

(注5)naive状態/primed状態:
多能性幹細胞がとる二つの状態。naive状態は受精直後に近いリセットされた状態、primed状態はそれより発生が少し進んだ状態を指す。naive状態のほうがより初期で、DNAメチル化のレベルが低い。

(注6)1細胞RNA解析(1細胞RNAシーケンス):
細胞を1個ずつに分け、それぞれの遺伝子の働きを網羅的に測定する技術。集団の平均では見えない、細胞ごとの違いや状態の移り変わりをとらえられる。

(注7)エピゲノムの記憶:
DNAやそれを束ねるタンパク質に付く化学的な目印(エピゲノム)のパターンのこと。iPS細胞では、もとになった細胞のパターンが作製後も残ることがあり、これが細胞の性質や品質に影響することが知られている。

参考文献

1. Buckberry S, et al. Transient naive reprogramming corrects hiPS cells functionally and epigenetically. Nature. 2023;620(7975):863-872. DOI: 10.1038/s41586-023-06424-7(PMID: 37587336)

2. Takashima Y, et al. Resetting transcription factor control circuitry toward ground-state pluripotency in human. Cell. 2014;158(6):1254-1269. DOI: 10.1016/j.cell.2014.08.029(PMID: 25215486)

3. Wu J, et al. Interspecies Chimerism with Mammalian Pluripotent Stem Cells. Cell. 2017;168(3):473-486.e15. DOI: 10.1016/j.cell.2016.12.036(PMID: 28129541)

4. Barzilai N, et al. Metformin as a Tool to Target Aging. Cell Metab. 2016;23(6):1060-1065. DOI: 10.1016/j.cmet.2016.05.011(PMID: 27304507)

5. Horvath S. DNA methylation age of human tissues and cell types. Genome Biol. 2013;14(10):R115. DOI: 10.1186/gb-2013-14-10-r115(PMID: 24138928)

6. Lapasset L, et al. Rejuvenating senescent and centenarian human cells by reprogramming through the pluripotent state. Genes Dev. 2011;25(21):2248-2253. DOI: 10.1101/gad.173922.111(PMID: 22056670)

7. Ocampo A, et al. In Vivo Amelioration of Age-Associated Hallmarks by Partial Reprogramming. Cell. 2016;167(7):1719-1733. DOI: 10.1016/j.cell.2016.11.052(PMID: 27984723)

8. Kerepesi C, et al. Epigenetic clocks reveal a rejuvenation event during embryogenesis followed by aging. Sci Adv. 2021;7(26):eabg6082. DOI: 10.1126/sciadv.abg6082(PMID: 34172448)

本研究に関する注意

本成果は培養細胞を用いた基礎研究の知見であり、特定の病気の治療や、加齢・若返りに対する効果を示すものではありません。文中のAICARは研究用の試薬で医薬品ではなく、メトホルミンは2型糖尿病の治療薬ですが、本研究での使用は培養細胞に対するもので、医療現場での用法・用量とは異なります。臨床応用には、さらなる科学的検証と安全性の評価が必要です。