寒さ・暑さが急性心不全発症の引き金に
2026年06月01日患者・一般
―気温変化により異なる急性心不全の増悪パターンを確認―
発表のポイント
- 東京都CCUネットワークの26,874例の急性心不全入院を解析し、低い気温への曝露が急性心不全の発症リスクを短期的に高めることを示しました。
- 心不全のタイプによって気温との関係が異なり、高血圧を伴う急性心不全は低気温で、低血圧を伴う急性心不全は高気温でリスクが高まることが初めて示されました。
- 気温を急性心不全増悪の環境リスクとして捉えることで、患者ごとの予防指導やリスク管理の高度化につながることが期待されます。
研究概要
東京大学医学部附属病院および東京都CCUネットワーク学術委員会による研究グループは、東京都CCUネットワーク(※)の多施設レジストリに登録された急性心不全(注1)患者26,874例を対象に、気温と急性心不全発症との関連を検討しました。
その結果、極端な低気温への曝露は急性心不全による入院リスクの上昇と関連し、その影響は曝露当日に最も強く現れることが明らかとなりました。さらに、この影響は70歳以上の高齢者でより顕著でした。また、血行動態(注2)に着目して解析した結果、寒い環境では高血圧を伴う急性心不全のリスクが増加する一方、暑い環境では低血圧を呈する急性心不全のリスクが増加することが示され、気温によって増悪パターンが異なることも明らかとなりました。
本研究は、心不全増悪リスクを考えるうえで、従来の患者背景や基礎疾患に加え、日々の気温変化という環境要因の重要性を示すものであり、気候変動時代における新たな心不全管理戦略の構築につながる成果です。
(※)東京都CCUネットワーク
研究内容
1.研究の背景
急性心不全は高齢化の進展とともに増加しており、主要な入院原因の一つです。これまで、心不全の発症や増悪には季節変動が存在することが知られており、特に冬季に増加する傾向が報告されています。しかし、こうした知見の多くは季節全体の影響を評価したものであり、日々変動する気温そのものが、短期的にどの程度急性心不全の引き金となるのかについては、十分に明らかにされていませんでした。また、気温変化がどのような病態の急性心不全を誘発しやすいのかについても、詳細な臨床情報を用いた検討は限られていました。
2.研究成果
本研究では、東京都CCUネットワークデータベースを用い、2014年から2019年までに登録された急性心不全患者26,874例を対象として解析を行いました。ケースクロスオーバー研究デザイン(注3)および分布ラグ非線形モデル(注4)を用いることで、短期的な気温変化と急性心不全発症との関連を詳細に検討しました。
その結果、低気温への曝露は急性心不全発症リスクの有意な上昇と関連しており(図1)、その影響は曝露当日に最も強く現れることが明らかとなりました。極端な低気温日(-4.5℃)では急性心不全発症のオッズ比(注5)は1.8倍と高いリスクを示しました。この結果は、寒冷環境が短時間で循環動態に影響を与え、急性心不全の発症を誘発する可能性を示唆するものです。さらに、患者背景別の解析では、この低気温によるリスク上昇は70歳以上の高齢者においてより顕著であり、高齢者が環境変化に対して脆弱であることが示されました。
加えて、本研究では急性心不全の血行動態に着目した解析を行いました。その結果、寒冷曝露においては高血圧を伴う急性心不全のリスクが増加する一方で、暑熱曝露では低血圧を呈する急性心不全のリスクが増加するという、相反するパターンが認められました(図2)。極端な高気温日(29.0℃)では、低血圧を呈する心不全のオッズ比は6.25倍と特に高いリスクを呈することが示されました。寒冷環境では、末梢血管収縮や血圧上昇を介した心負荷が心不全増悪に寄与する可能性が考えられます。一方、高温環境では、発汗や代謝増加による循環血液量の減少や必要血流量の増加が、低血圧型の心不全増悪を引き起こす可能性があします。これらの結果は、気温変化が単一の方向で心不全に影響するのではなく、病態に応じて異なるメカニズムで増悪を引き起こすことを示しています。

図1:気温変化と急性心不全発症リスク
気温の低下により急性心不全発症リスクが上昇する。極端な低気温日(-4.5℃)ではオッズ比と1.8倍と高いリスクを呈する。

図2:急性心不全の血行動態と気温との関連
高血圧性急性心不全は気温低下によりリスクが増加するのに対して、低血圧を呈する急性心不全は気温上昇によりリスクが増加する。心不全の増悪パターンにより異なった気温との関係性を示す。
3.社会的意義や今後の展望
本研究の意義は、急性心不全の発症リスク評価において、従来重視されてきた基礎疾患や患者背景に加え、日々の気温変化という環境要因が重要であることを示した点にあります。特に、高齢者や重症心不全患者においては、気温変化に応じた生活指導や治療調整を行うことで、急性増悪の予防につながる可能性があります。また、近年の気候変動に伴い、極端な寒冷や暑熱への曝露機会が増加することが予想されており、本研究の知見は、今後の心不全診療における新たなリスク管理の視点を提供するものです。今後は、個々の患者における実際の曝露状況(屋内外環境や行動パターン)を考慮した解析や、ウェアラブルデバイスによる生体情報と気象データを統合した予測モデルの開発への応用が考えられます。これにより、患者ごとの状態に応じた個別化された予防戦略の構築が可能となり、心不全の再入院抑制や予後改善につながることが期待されます。
論文情報
雑誌名
Circulation: Heart Failure
論文タイトル
Short Term Effects of Ambient Temperature on Acute Heart Failure Decompensation
著者
神馬 崇宏a,b,*、香坂 俊a、白石 泰之a、武井 眞a、原田 和昌a、大塚 俊昭a,c、進藤 彰人a、河野 隆志a、中野 宏己a、松田 淳也a、北野 大輔a、塚本 茂人a、木庭 新治a、山本 剛a、武田 憲彦b
* 責任著者
a 東京都CCUネットワーク学術委員会
b 東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/東京大学医学部附属病院 循環器内科
c 日本医科大学 衛生学・公衆衛生学
DOI
10.1161/CIRCHEARTFAILURE.125.013934
掲載日
2026年5月28日(オンライン)
研究者
神馬 崇宏(東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学/日本学術振興会特別研究員〈研究当時〉)
武田 憲彦(東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授/東京大学医学部附属病院 循環器内科 科長)
共同研究機関
東京都CCUネットワーク学術委員会
研究助成
本研究は、東京都の支援を受けて実施しました。
用語解説
(注1)急性心不全
心不全の症状が急激に悪化し、緊急の入院や治療が必要になる状態です。呼吸困難やむくみ、血圧低下などを伴うことがあります。
(注2)血行動態
心臓や血管のはたらきによって決まる血圧や血流の状態を指します。本研究では、高血圧型と低血圧型で気温との関連が異なりました。
(注3)ケースクロスオーバー研究
同じ患者さんの発症日と発症していない日を比較することで、短期的な環境要因の影響を調べる研究手法です。個人ごとの体質や既往歴など、時間で変わりにくい要因の影響を減らせます。
(注4)分布ラグ非線形モデル
気温のような環境要因が、どの程度の強さで、何日遅れて疾患発症に影響するかを同時に評価できる統計モデルです。
(注5)オッズ比
ある要因(例:気温や生活習慣など)があるときに、病気や出来事がどの程度起こりやすくなるかを示す指標です。「ある条件のときに、そうでない場合と比べて何倍起こりやすいか」を表す数値として疫学研究で広く用いられています。

