メカニカルストレスによるアンジオテンシンII受容体活性化を標的としたマルファン症候群の大動脈弁輪拡張症に対する新規治療開発

2025年12月05日患者・一般

発表のポイント


  • マルファン症候群(MFS)モデルマウスの大動脈弁輪拡張症(AAE)の進展には、メカニカルストレスによるアンジオテンシンII(Ang II)タイプ1(AT1)受容体の恒常的活性化が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
  • モデルマウスにインバースアゴニスト活性を有するAT1受容体阻害剤(ARB)であるカンデサルタンを投与したところ、AAEの進展が抑制されましたが、インバースアゴニスト活性を欠失させたカンデサルタン誘導体では抑制されませんでした。
  • MFS患者の大動脈瘤に対するARBのクラスエフェクトに着目した新たな治療戦略につながることが期待されます。

研究概要

MFSはフィブリリン1(注1)をコードするFBN1遺伝子の変異によって大動脈瘤(注2)などを生じる常染色体顕性遺伝(注3)の全身性結合織病です。AT1受容体(注4)阻害剤であるARB(注5)の一種であるロサルタンはMFSのAAEに対する治療効果が期待されましたが、無作為化比較対照臨床試験ではβ遮断薬(注6)を上回る効果が得られず、新たな分子機序の解明と創薬が求められています。

東京大学医学部附属病院 循環器内科の八木宏樹 助教、赤澤宏 講師、同大学院医学系研究科 先端循環器医科学講座の小室一成 特任教授らの研究グループは、MFSモデルマウスの大動脈組織を用いて、ARBによるAAEの進展抑制にはAT1受容体のアンタゴニスト(注7)作用だけでは不十分で、インバースアゴニスト(注8)活性が必要であることを明らかにし、ARBのクラスエフェクト(注9)のみならずドラッグエフェクト(注10)に注目した治療選択が重要であることを見出しました。将来的に全国のMFS患者の生活の質や生命予後を向上させることが期待されます。

本研究結果は日本時間11月6日に米国科学雑誌「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」にて発表されました。

研究内容

1.研究の背景

MFSは、FBN1変異による全身の結合組織の異常を起因として、大動脈、骨格、眼、肺などの全身の様々な系統に特徴的な症状、症候をきたす常染色体顕性の希少難病疾患(指定難病167)です。特に大動脈基部拡大を中心とした洋梨状の拡張病変(瘤)と解離は、若年患者の突然死の原因となります。大動脈瘤に対する降圧・外科治療により、予後は改善傾向となっていますが、一生涯に渡って進行する心血管障害に対する効果的な治療法は未確立のままであり、革新的治療薬の開発と至適な治療指針の確立は喫緊の課題です。

2.研究成果

研究グループは、今までにMFSにおけるAAEの進展にメカニカルストレス感受性シグナル伝達の異常活性化が寄与することを明らかにしてきました。まずMFS患者とそのモデルマウスであるFbn1C1041G/+マウス(注11)の大動脈壁において、メカニカルストレス応答性転写因子Egr-1やAT1受容体の下流のシグナルでもあるリン酸化ERK1/2が有意に亢進していることを見出しました。7回膜貫通型のAT1受容体は、リガンドであるAng IIの非存在化でもメカニカルストレスによって活性化することや、ある種のARBはインバースアゴニストとして作用し、アンジオテンシンII非依存的な受容体の自律的活性やメカニカルストレス(注12)による活性化を抑制することが知られています(ドラッグエフェクト)。MFSの大動脈壁では、FBN1変異に伴う組織脆弱性によって壁応力が増大し、AT1受容体がAng Ⅱ 非依存的に恒常的に活性化している想定し、インバ―スアゴニストを有するARBのMFS大動脈病変に対する効果を検証することとしました。

研究グループは以前、インバ―スアゴニスト活性に不可欠なカルボキシル基を欠き、AT1受容体に対するアンタゴニスト作用のみを有するカンデサルタン誘導体であるカンデサルタン-7H(Can-7H)を開発しました。低用量Can-7H(1 mg/kg/日)はC57BL/6雄マウスにおけるAng II誘発性血圧(BP)上昇に対してほぼ抑制効果を示さない一方、高用量Can-7H(20 mg/kg/日)はAng II誘発性BP上昇を抑制し、その効果はカンデサルタン・シレキセチル(Can)(1 mg/kg/日)とほぼ同等であることを報告しています。そこで、本研究ではFbn1C1041G/+マウスにCan(1 mg/kg/日)、Can-7H(1 mg/kg/日または20 mg/kg/日)を生後8週から16週齢まで投与し、大動脈の進行性拡張を評価するとともに詳細な分子機序を検証しました。その結果、Can投与群(1mg/kg/日)では、Can-7H高用量(20mg/kg/日)投与群と同等の降圧効果を示したにもかかわらず、Can投与群でのみFbn1C1041G/+マウスの大動脈径の拡大が有意に抑制されました。病理組織学的評価においては、Can投与群でのみ、中膜のエラスチンの断裂が改善し、メカニカルストレス応答因子が減弱しました。

今回の研究から、過剰なメカニカルストレスに伴うAT1受容体の活性化がMFSのAAEの進展に重要であることを初めて見出し、新たな分子標的治療を提唱できる可能性が示唆されました。

3.社会的意義や今後の展望

MFSのAAEに対する内科的治療として、ARBが今日まで推奨されてきましたが、今回の研究からARBのドラッグエフェクトに注目した新たな治療戦略が提唱できる可能性が示唆されました。今後はカンデサルタンのようなインバースアゴニスト活性の高いARBを用いて、MFS患者さんの大動脈基部拡大の進展をどの程度抑制することができるか、探索的に検討する特定臨床研究を構想しています。本疾患は、発症率2-3/10,000人と比較的高く全国で約2万人近くの患者がおり、若年の突然死の原因となる難病指定疾患です。本臨床研究の成果次第では、外科的加療を回避し、患者の生活の質や予後を向上させることが期待され、社会的意義は大きいと思われます。

図:MFSモデルマウスを用いた大動脈拡大に対するARBのドラッグエフェクト

図:MFSモデルマウスを用いた大動脈拡大に対するARBのドラッグエフェクト
インバースアゴニスト活性を有するARBではメカニカルストレスに対するAT1受容体の活性化も抑制することができ、大動脈拡大の進展を抑制できる。

論文情報

雑誌名

Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology

論文タイトル

Inverse Agonist Activity of Angiotensin II Receptor Blocker Is Crucial for Prevention of Progressive Aortic Dilatation in Marfan Syndrome

著者

Hiroki Yagi, Hiroshi Akazawa*, Qing Liu, Sayo M. Ito, Masahiko Umei, Hiroshi Kadowaki, Ryo Matsuoka, Akito Shindo, Shun Okamura, Tomomi Ueda, Akiko Saga-Kamo, Kazutaka Ueda, Norifumi Takeda, Tappei Takada, Issei Komuro*(*責任著者)

DOI

10.1161/ATVBAHA.125.322646.

掲載日

2025年11月6日(オンライン)

研究者

八木 宏樹(東京大学医学部附属病院 循環器内科 助教)
赤澤 宏(東京大学医学部附属病院 循環器内科 講師)
上田 和孝(東京大学大学院医学系研究科 先端循環器医科学講座 特任講師/国際医療福祉大学 循環器バイオバンクリサーチセンター 准教授)
武田 憲文(東京大学医科学研究所附属病院 循環器内科 講師/東京大学医学部附属病院 循環器内科)
小室 一成(東京大学大学院医学系研究科 先端循環器医科学講座 特任教授/国際医療福祉大学 循環器バイオバンクリサーチセンター センター長・教授)

研究助成

本研究は、日本学術振興会(科研費18K08097、21K08023、22K16129、25K11359)、日本医療研究開発機構(AMED)(18ek0109178h0003, JP23gm6710012, JP24ek0210200, JP24ek0109766, JP20gm0810013)から助成を受け実施しました。

用語解説

(注1)フィブリリン1:
FBN1遺伝子にコードされるタンパク質で、細胞外の基質に存在する巨大な糖タンパク質です。体中の弾性組織や非弾性結合組織の構造的支持を行っています。

(注2)大動脈瘤:
先天的結合織異常や動脈硬化などにより、大動脈に瘤状のふくらみができる病気です。大動脈は、心臓から全身に血液を送るはたらきを持つ血管です。

(注3)常染色体顕性遺伝:
片方の親が、もう片方の親の遺伝子の特性を押さえつけるような遺伝子をもつ場合、その遺伝子を顕性遺伝子といい、その遺伝形式を顕性遺伝といいます。

(注4)AT1受容体:
AT受容体には、AT1、AT2、AT3、AT4の4つのサブタイプが存在します。AT1受容体は脳、心臓、腎臓、血管などに広く分布し、血管収縮などのAng IIの主たる薬理作用を司る7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体です。

(注5)ARB:
Ang IIの受容体を阻害し、Ang IIの血管収縮作用などを阻害し血圧を低下させます。また本剤には降圧作用の他、心臓や腎臓の保護作用なども期待できるとされています。

(注6)β遮断薬:
交感神経のβ受容体への遮断作用により血圧や心拍数などを抑えることで高血圧、狭心症、頻脈性不整脈などを改善する薬です。

(注7)アンタゴニスト、(注8)インバースアゴニスト:
一般的なアゴニストは活性型受容体と結合することにより不活性型と活性型の平衡を活性型優位の方向にずらし、よりシグナルを増幅します。アンタゴニストは、アゴニストとの結合を妨げ、アゴニストによる受容体の活性化を妨げます。一方で、インバースアゴニストは不活性型受容体への親和性が高く、平衡を不活性型受容体優位の方向へずらすことで、受容体シグナルを抑制します。

(注9)クラスエフェクト、(注10)ドラッグエフェクト:
薬剤には、薬理作用から期待されうる効果と予期しない効果が生まれる場合があります。ARB は、AT1 受容体と結合することでAng Ⅱの受容体への結合を阻害し、細胞内シグナルのイノシトールリン酸産生やカルシウム濃度を抑制することで血圧を低下させます。このARBの働きは発売されているどのARB にも共通する薬効であり、これをクラスエフェクトと呼びます。ところが、ある種のARB にのみPPARγアゴニスト作用を有するもの、尿酸排泄作用を有するもの、インバースアゴニスト活性を有するものがあります。これらの薬効は、それぞれのARB が持つ特有な効果であり、ドラッグエフェクトと呼びます(モレキュラーエフェクトとも呼ばれたりもします)。

(注11)Fbn1C1041G/+マウス:
FBN1の1041番目のシステインがグリシンに一塩基置換された変異が導入されたマウスです。MFSのモデルマウスとして知られており、自然発症的に胸部大動脈瘤を生じます。 

(注12)メカニカルストレス:
細胞や組織が体内で受ける様々な物理的刺激のことです。細胞生物学分野における用語の一つですが、一言で言えば、身体の中で作用する力のことです。