RNA転写のずれ(スリッページ)が筋ジストロフィーの原因であるジストロフィンタンパク質欠損を補う新たな仕組みを解明

2025年11月26日患者・一般

発表のポイント


  • 通常はデュシェンヌ型筋ジストロフィーを来すと予想されるDMD遺伝子の変化を持ちながら、全長ジストロフィンが約15%残存し、症状が比較的軽いジストロフィン異常症の症例を詳細に解析しました。
  • DNAからRNAへ写し取る過程で起こる「転写スリッページ」により読み取りのずれが部分的に補正され、その結果全長ジストロフィンが産生される仕組みを初めて明らかにしました。
  • この発見により、DNAの変化だけでは説明できない臨床症状の違いを理解する手がかりが得られ、診断・病型評価にRNA解析を取り入れる重要性が示されました。

研究概要

この度、東京大学医学部附属病院脳神経内科の成瀬紘也助教、大学院医学系研究科神経内科学の戸田達史名誉教授(現・国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院長)らの研究グループは、「転写スリッページ」(注1)と呼ばれるRNAの書き写し時の“ずれ”によって、変異により失われるはずの全長ジストロフィンが一部産生され、病気の重症度が変わる新しい仕組みを明らかにしました。

一般に、DMD遺伝子の変化によってジストロフィンタンパク質がほとんど作られない場合は重症のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に、一部残る場合には比較的症状が軽いベッカー型筋ジストロフィー(BMD)になると考えられています。本研究で解析した患者さんは、本来であればDMDを来すと予想される「読み枠のずれ(フレームシフト)」を伴う変化を持ちながら、全長ジストロフィンが約15%残存しており、症状もBMDに近い経過を示していました。

患者さんの筋肉からRNAを詳しく解析した結果、DMD遺伝子の特定部位に同じ塩基(アデニン)が並ぶ配列が生じており、この部分で転写スリッページが起こることで読み枠のずれが部分的に補正され、全長ジストロフィンが実際に産生されていることが確認されました。 この成果は、DNA配列だけを見ればDMDと判断されるような変化であっても、RNAの段階で起こる転写スリッページにより読み枠のずれが補正され、その結果症状が軽くなる場合があることを示すものです。ジストロフィン異常症の診断・病型評価において、遺伝子解析に加えてRNAレベルの解析を行う意義を裏付ける結果といえます。

本研究成果は、2025年11月19日(米国時間)に米国科学誌「Annals of Neurology」にてオンライン版に先行掲載されました。

研究内容

1.研究の背景

筋ジストロフィーは、骨格筋の壊死・再生を繰り返しながら徐々に筋力が低下していく遺伝性筋疾患の総称です。そのうち小児期発症で最も頻度が高く、幼少期に発症し進行が速く通常10〜12歳頃までに歩行不能となるのがデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)です。DMDと、その比較的症状が軽いタイプであるベッカー型筋ジストロフィー(BMD)は、いずれも筋収縮時に筋細胞膜を安定化するタンパク質「ジストロフィン」を作るDMD遺伝子の異常によって生じ、「ジストロフィン異常症」に分類されます。

DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基が並んでおり、この塩基配列が3つずつ1組のコドンとして読まれることでアミノ酸が指定され、タンパク質が作られます。この3文字の区切り(読み枠)が途中でずれてしまう変化(フレームシフト変異)が起こると、ジストロフィンが途中で壊れてしまい、ほとんど作られなくなるためDMDのような重症の病型になりやすいとされています。一方、3文字ごとの区切りが保たれる変化(インフレーム変異)の場合には、ジストロフィンが一部残るため、BMDのような比較的軽い病型になりやすいと説明されます(「読み枠の法則」)。しかし実際には、この法則から外れ、DNA変化の情報だけからは説明できない臨床経過を示す患者さんも存在します。

本研究では、本来はDMDを来すと予想されるDMD遺伝子の変化を持ちながらBMDに近い経過を示したジストロフィン異常症例について、DNAだけでなくRNAやタンパク質まで詳しく解析し、その背景にある仕組みを明らかにすることを目的としました。

2.研究成果

本研究で詳しく解析した若年成人男性は、強い心機能低下と持続的な高CK血症を認める一方、筋力低下は比較的軽く、臨床的にはBMDに近い経過を示していました。筋肉の検査では、典型的なDMDのようにジストロフィンタンパク質が完全に欠損しているのではなく、筋細胞膜に薄いながら全体的なジストロフィンの染色が認められ、ウエスタンブロット解析でも全長ジストロフィンが正常の約15%検出されました。

遺伝子(DNA)解析では、DMD遺伝子の1塩基欠失変異(c.2281delG)が見つかりました。この型の変化は通常、読み枠がずれてジストロフィンが途中で壊れてしまうため、DMDのような重症な病型を来すと考えられます。DNAレベルでは正常配列をもつ細胞が一部にだけ存在する体細胞モザイク(注2)も確認されず、「なぜ全長ジストロフィンが残っているのか」を説明するには別の仕組みを考える必要がありました。

そこで患者さんの筋肉からRNAを詳しく調べたところ、この変化により同じ塩基(A)が並ぶ部分が生じており、RNAを作る際にこの部位で1文字分余計に書き込まれる現象(転写スリッページ)が一部のRNAで起こっていることが分かりました。この「1文字余計に入ったRNA」では、ずれていた3文字ごとの読み枠が元に戻るため、全長ジストロフィンが実際に産生されることが確認されました。直接RNAシーケンス解析(注3)など複数の方法で、この現象が裏付けられました。

これらの結果から、DNA配列だけを見ればDMDになると判断されるような変化であっても、RNAを書き写す過程で生じる転写スリッページが読み枠を補正し、全長ジストロフィンの産生と症状の軽症化につながる場合があることが初めて示されました。

3.社会的意義や今後の展望

本研究は、重症の経過が予想される遺伝子変化であっても、RNA産生過程で生じる転写スリッページによる部分的な読み枠補正を介して、全長ジストロフィンが産生され得ることを示しました。これは、DNA配列情報だけでは説明できなかった臨床像を理解するための新たな視点です。今後は、DNA解析にRNA解析を組み合わせることで、ジストロフィン異常症の診断・病型判定、病状の見通しおよび心筋合併症リスク評価の精度向上が期待されます。さらに同一塩基が続く配列で生じる転写スリッページは他の単一遺伝子疾患でも稀ながら報告されており、RNA産生過程で起こる補正が臨床像に影響し得ることを本研究は裏付けます。将来的には、RNA産生過程を標的とする介入・治療開発にも道を開くと考えられます。

研究成果の概要

図:研究成果の概要

論文情報

雑誌名

Annals of Neurology

論文タイトル

A novel transcriptional slippage mechanism rescues dystrophin expression from a DMD frameshift variant

著者

Hiroya Naruse*, Jun Mitsui, Akatsuki Kubota, So Okubo, Shuichiro Mitsuchi, Kensho Sumi, Shuichi Tanifuji, Shogo Komaki, Asuka Kitamura, Meiko Maeda, Daiki Yashita, Atsushi Sudo, Takashi Matsukawa, Masashi Hamada, Wataru Satake, Shoji Tsuji, Tatsushi Toda(*責任著者)

DOI

10.1002/ana.78096

掲載日

2025年11月19日(オンライン)

研究者

成瀬 紘也(東京大学医学部附属病院 脳神経内科 助教)
三井 純(東京大学大学院医学系研究科 プレシジョンメディシン神経学 特任准教授)
久保田 暁(東京大学大学院医学系研究科 神経内科学 講師)
戸田 達史(東京大学名誉教授/国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 院長)

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「難病のゲノム医療実現に向けた全ゲノム解析の実施基盤の構築と実践」の支援を受けて実施しました。

用語解説

(注1)転写スリッページ(transcriptional slippage):
DNAの情報をRNAに写し取る際、同じ塩基が続く部分でRNAポリメラーゼが「滑る」ように位置をずらしてしまい、本来より1文字多い/少ないRNAができる現象。本研究では、この“書き写しミス”が結果的に読み枠のずれを打ち消し、全長ジストロフィン産生の部分的な回復に寄与していた。ヒト疾患における報告は極めて限られており、DMD遺伝子変異に関連した初めての報告例と考えられる。

(注2)体細胞モザイク:
同じ人の体の中に、「正常な遺伝子」を持つ細胞と「変化を持つ遺伝子」を持つ細胞が混在している状態。今回の患者さんではDNA解析やジストロフィン免疫染色の結果から、こうしたモザイクが全長ジストロフィン産生の原因とは考えにくいことが示された。

(注3)直接RNAシーケンス解析:
細胞から取り出したRNA分子を、そのままの状態に近い形で読み取る解析手法。従来のcDNAを介したシーケンスと比べて、増幅や逆転写に伴うアーチファクトの影響を受けにくく、実際に存在するRNAの配列やバリアントをより直接的に評価できる。