ADHDの治療で舌痛症が改善

2025年11月19日患者・一般

-脳機能に着目した新たなアプローチ-

発表のポイント


  • 治療抵抗性の舌痛症患者の9割以上にADHDが併存しており、ADHD治療により舌の痛みや不安などの症状が有意に改善しました。
  • 舌痛症に対してADHDの診断と治療を導入し、脳血流SPECTにより治療前後の脳機能変化を可視化した世界初の報告です。
  • 慢性痛の背景にADHDが隠れている可能性を示し、今後の痛み診療におけるADHDのスクリーニングや精神科との連携の重要性を提起しました。

研究概要

本研究は、治療抵抗性の舌痛症(口腔灼熱症候群:Burning Mouth Syndrome、BMS)に悩む患者さんに対し、その背景に注意欠如・多動症(ADHD)が潜んでいる可能性を探った研究です。東京大学医学部附属病院の麻酔科・痛みセンターと東京歯科大学の共同研究として、標準的な治療で改善しなかったBMS患者14名を対象に、ADHDの診断と治療を行いました。

その結果、13名(92.9%)がADHDと診断され、ADHD治療薬の投与により、痛み、不安、認知機能、脳血流異常のいずれもが有意に改善しました。脳血流SPECTでは、治療前に前頭葉の低灌流や楔前部(けつぜんぶ)・帯状回・島皮質の高灌流が観察され、治療後には正常に近づく傾向が確認されました。本研究は、BMSなどの慢性疼痛疾患に対して精神科的評価を導入し、ADHDのスクリーニングと治療が新たな選択肢となる可能性を示しています。今後の口腔顔面痛の診療における、多職種連携の重要性を強調する成果です。

研究内容

1.研究の背景

舌の痛みやヒリヒリ感が続く「舌痛症(口腔灼熱症候群:BMS)」は、口腔内に明らかな異常がないにもかかわらず、焼けるような痛みや不快感が慢性的に生じる病気です。中高年の女性に多く、日常生活に支障をきたすほどの痛みがありながらも、原因が特定できず治療も難しいため、多くの患者さんが悩みを抱えています。このBMSは、神経の過敏化や心理社会的な要因が関与する「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」(注1)に分類され、うつ病や不安障害などの精神的要因が症状を悪化させることも知られています。ところが、これまでの研究では、BMSに関する神経発達症(特にADHD)との関連は明らかにされていませんでした。
そこで本研究では、東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンターと東京歯科大学の共同で、これまでの標準的な治療で改善が得られなかったBMS患者に対し、ADHDの関与を探るとともに、ADHDに対する薬物治療の効果について検証しました。

2.研究成果

2020年〜2022年に東京歯科大学水道橋病院 を受診したBMS患者のうち、従来の薬物療法やレーザー治療などに反応せず東京大学医学部附属病院を紹介受診した14名を対象に調査を行いました。対象者は18歳以上で、症状が6か月以上持続し、舌の灼熱感が主訴でした。この14名に対し、ADHDの精密検査を実施した結果、13名(92.9%)がADHDと診断されるという非常に高い併存率が判明しました。ADHDの診断には、自己評価・家族評価の質問票(コナーズ成人ADHD評価スケール)と精神科医による面接診断(DSM-5・DIVA 2.0)が用いられました。

そのうち10名には、ADHDの治療に用いられる薬剤(メチルフェニデート、アトモキセチン、グアンファシンなど)を、症状に応じたアルゴリズム(図1)に基づいて段階的に投与しました。その結果、痛みの程度(NRS、注2)、不安・うつの指標(HADS)、痛みに対する破局的な思考(PCS、注3)のいずれもが有意に改善。特に、NRS平均値は5.5から0.5へと大きく軽減しました(図2)。

さらに、治療前後で脳血流を測定するSPECT検査(注4)を行ったところ、治療前には前頭葉の血流低下と、帯状回・島皮質・楔前部などの血流増加が90%の患者さんに見られました(図3)が、ADHD治療後にはこれらの異常が緩和され、正常な血流パターンに近づく傾向が確認されました。これにより、ADHD治療がBMSの症状だけでなく、脳機能にも影響を与えることが明らかとなりました。

3.社会的意義や今後の展望

本研究により、治療困難なBMSの背後にADHDが高頻度で隠れている可能性が示されました。従来のBMS治療では、疼痛コントロールに重点が置かれてきましたが、本研究は「神経系の特性(発達特性)」に着目した新たな診療の視点を提供するものです。ADHDは、集中力の持続(一つの治療に腰を据えて取り組む)が困難、衝動的な行動に出やすい(待つことが苦手)などの特徴を持ちますが、BMS患者の中にも「痛みをすぐにどうにかしたい」「医療機関を転々とする」といった行動がしばしば見られ、これがADHDによるものであった可能性が考えられます。今回、ADHD治療薬によってこれらの行動・心理的特性が改善され、結果として疼痛や生活の質が大きく向上したことは、非常に意義深い成果です。

本成果を踏まえ、今後は、BMSやその他の慢性痛を診る際にも、ADHDなどの神経発達症の関与を早期に評価し、精神科医との連携による包括的な治療を行うことが重要になります。また、ADHDを評価するための簡便なスクリーニングツール(ASRS(注5)など)の導入も推奨されます。特に患者さんに「会話が拡散してまとまらない」「話を遮る」などの行動の特徴(図4)がある場合には、ADHDの併存の可能性を疑うべきだと考えられます。また本研究は、慢性痛に対して新しい視点からアプローチする臨床モデルとして、将来の診療体制のあり方にも影響を与える可能性を持っています。今後も多職種が連携し、痛みと心のつながりを見据えた医療の実現を目指した研究を行っていきます。

※本臨床研究について
本研究は、2020年~2022年に東京歯科大学水道橋病院を受診した14名を対象に実施しました。研究参加者の募集は全て終了しています。また、笠原医師の新規患者の受診予約は、現在お受けしていません。



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図1 ADHD治療アルゴリズム
本研究では、ADHDを併存する舌痛症患者に対し、症状や副作用に応じて薬剤を段階的に調整する治療アルゴリズムを採用しました。初期治療としては、注意力や衝動性の改善が期待されるメチルフェニデート徐放錠を使用します。効果が不十分、または副作用が認められた場合には、アトモキセチンやグアンファシンといった、ADHD治療において有効性のある薬剤へ切り替えます。さらに、必要に応じて、ADHDの情緒や行動面の調整を目的としたアリピプラゾール(抗精神病薬)や、ADHDやうつ状態、痛みの緩和を目的としたベンラファキシンまたはデュロキセチン(抗うつ薬)の追加も選択肢としています。


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図2 ADHD治療による痛みと関連症状の改善効果
ADHD治療を行った舌痛症患者10名における、治療前後の各症状の変化を示しています(*印は統計的に有意な差があったことを示しています)。(A)〜(C)は、痛みの強さ(数値評価スケール:NRS)の最大値・最小値・平均値の推移を示しており、いずれも治療後に大きく低下しました。(D)と(E)は、不安(HADS-A)とうつ(HADS-D)のスコアを示し、不安症状が有意に改善しました(うつは改善傾向)。(F)は、痛みに対する破局的思考を示すPCSスコアであり、こちらも大きく低下しました。これらの結果は、ADHDに対する薬物治療が、舌痛症に伴う痛みや精神的ストレスの軽減に効果的であることを示しています。


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図3 舌痛症患者における脳の血流分布の特徴(SPECT画像)
治療抵抗性の舌痛症患者における、「治療前」の脳血流の分布を示したSPECT画像です。(A)〜(C)の脳画像は、いずれも臨床的重症度(CGI-Sスコア5)が高く、症状が強かった患者さんです(論文中で症例番号4、5、12)。これらの画像では、前頭葉(集中や注意を司る領域)における血流の低下(緑~黄色い部分)に加え、帯状回・島皮質・楔前部・後部帯状回など、痛みや感情に関わる領域での血流増加(濃く赤い部分)が確認されました。一方、(D)は、他の患者さんと比べて臨床的重症度が軽度(CGI-Sスコア2)でした(症例番号6)。この患者さんでは、前頭葉の血流が保たれており、顕著な異常所見は認められませんでした。これらの結果は、脳血流の異常と症状の重さが関連している可能性を示唆するとともに、ADHDの関与が舌痛症の一因であることを裏付けるものです。

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図4 慢性痛患者にみられるADHD特有の行動特性の例
慢性疼痛を訴える患者さんによく見られる、ADHD(注意欠如・多動症)に特有の行動特徴を示した一覧です。これらの特徴は、DSM-5(『精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版』)に基づくADHDの診断基準をもとに整理されており、痛み診療の現場でも見逃してはならない重要な観察ポイントです。例えば、「会話が拡散してまとまらない」「話を遮る」「痛みに対してすぐに結果を求める」といった行動が見られる場合、それは性格の問題ではなく、ADHDに由来する衝動性や注意力の障害である可能性があります。本研究では、このような行動特性が治療の妨げや痛みの慢性化に関与していることが示されました。舌痛症の診療にあたる医師やご家族は、この図に示されたADHDの行動特徴に注目し、それらがみられないかを注意深く評価・観察したうえで、治療方法について相談することが重要です。

論文情報

雑誌名

Frontiers in Pain Research

論文タイトル

Recognition and treatment of attention deficit-hyperactivity disorder in patients with treatment-resistant burning mouth syndrome: a retrospective case study

著者

Kaori Takahashi*, Satoshi Kasahara*, Miwako Takahashi, Taito Morita, Naoko Sato, Toshimitsu Momose, Ko Matsudaira, Shin-Ichi Niwa, Kanji Uchida, Toshiyuki Handa, Tatsuya Ichinohe, Ken-ichi Fukuda(*責任著者)

DOI

10.3389/fpain.2025.1536584

掲載日

2025年4月23日(オンライン)

研究者

笠原 諭(東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 特任臨床医)
森田 泰斗(東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 病院診療医)
佐藤 直子(東京大学医学部附属病院 看護部 看護師)
百瀬 利光(東京大学大学院 工学系研究科(工学部)  客員研究員)
内田 寛治(東京大学医学部附属病院 麻酔科・痛みセンター 教授)

共同研究機関

東京歯科大学
量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所
テイラーメイドバックペインクリニック(TMBC)
福島県立医科大学

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(科研費:JP24K13083、JP20K07755)の支援を受けて実施しました。

用語解説

(注1)痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)
けがや炎症などの明確な原因がないにもかかわらず、脳や神経の「痛みの感じ方」が過敏になっていることで起こる慢性の痛みです。従来の「侵害受容性疼痛(ケガや病気による痛み)」や「神経障害性疼痛(神経の損傷による痛み)」とは異なり、検査では異常が見つかりにくいのが特徴です。代表的な疾患には、線維筋痛症、過敏性腸症候群、舌痛症(口腔灼熱症候群)などがあり、痛みの強さが本人の心理的・神経的な状態と密接に関係していると考えられています。

(注2)NRS(Numerical Rating Scale)
痛みの強さを評価するための数値評価スケールです。患者自身が感じている痛みを「0(痛みなし)」から「10(これまでで最も強い痛み)」までの11段階で自己評価します。簡便で再現性が高いため、臨床や研究で広く用いられています。

(注3)痛みに対する破局的な思考
「この痛みはもう絶対によくならない」「痛みのせいで生活が完全に壊れてしまう」といった、痛みを過度に悲観的に受け止める考え方を指します。実際には痛みを強めたり、治療を難しくしたりする要因になることが知られています。

(注4)SPECT(単一光子放出コンピュータ断層撮影)
SPECT(スペクト)とは、脳などの臓器の血流や代謝の状態を調べるための画像検査です。放射性の薬剤を注射し、その分布を特殊なカメラでとらえることで、脳のどの部分がどれくらい活動しているかを可視化できます。CTやMRIでは見えにくい「機能の変化」をとらえるのに適しており、脳の働きの特徴や異常を調べるのに役立ちます。

(注5)ASRS(成人用ADHD自己評価スケール)
ASRS(Adult ADHD Self-Report Scale)は、成人の注意欠如・多動症(ADHD)の可能性を簡単にチェックできる無料の自己記入式質問票です。世界保健機関(WHO)が作成したツールで、6つの質問に答えるだけで、ADHDに特徴的な行動傾向があるかどうかをスクリーニングすることができます。インターネット上でも無料で公開されており、精神科受診を考えるきっかけや、初期評価の参考として幅広く利用されています。なお、ASRSはあくまでスクリーニング用であり、正式な診断には医師による面接や詳細な評価が必要です。