血清中の酸化型アルブミンが糖尿病細小血管合併症の予後評価に活用できる可能性を報告

2025年09月01日患者・一般

発表のポイント


  • 糖尿病をもつ人において血清酸化アルブミン(HNA%)が網膜症改善や腎症進行の予測に関連する可能性を示しました。
  • 酸化ストレス指標であるHNA%を用いて、糖尿病合併症の5年予後との関係を縦断的に調査した初の探索的研究です。
  • HNA%は糖尿病合併症管理の新たな予後予測バイオマーカーとなり得ます。

研究概要

東京大学医学部附属病院の川口智也特任臨床医、小林由佳研究員、山内敏正教授らの研究グループは、酸化ストレス(注1)が糖尿病合併症(注2)の発症や進展に関与することに着目し、その候補指標として血清酸化型アルブミン比率(human non-mercaptalbumin:HNA%)(注3)の有用性を検討した単施設後向きコホート(注4)の探索的な研究結果を報告しました。糖尿病による入院治療歴があり、外来で定期的に経過観察された77人を約5年間追跡しました。ベースラインと5年後のHNA%を測定し、糖尿病網膜症、腎症、ならびに大血管症の進展や改善との関連を解析しました。その結果、単純網膜症を有する人では、HNA%が低い群において糖尿病罹病期間が短く、5年後に網膜症が改善する割合が有意に高いことが分かりました。一方で、ベースラインのHNA%が高い人において、腎機能が悪化するリスクと関連していました。大血管合併症に関しては、ベースラインHNA%ではなく追跡時のHNA%が新規発症と関連を示しました。本研究はHNA%が糖尿病細小血管合併症および大血管症予後の有望なバイオマーカー(注5)である可能性を示し、今後の検証により臨床応用されることが期待されます。

研究内容

1.研究の背景

糖尿病は世界的に増加しており、網膜症や腎症などの細小血管合併症や心血管疾患といった大血管合併症によって、生活の質と生命予後が大きく損なわれます。日本でも糖尿病網膜症は視覚障害の一因であり、腎症は透析導入の最大の要因です。合併症の発症、進展には高血糖に伴う代謝異常が関与し、最終的には酸化ストレスが重要な役割を果たすと考えられていますが、臨床で広く用いられる酸化ストレスの客観的なバイオマーカーは確立されていません。アルブミンは酸化状態により還元型と酸化型に分かれ、その酸化型の割合(HNA%)は酸化ストレスの指標となり得ると報告されています。著者らはこれまでに横断研究でHNA%と糖尿病網膜症や腎症との関連を示しましたが、長期予後との関連は未解明でした。そこで本研究は、ベースラインのHNA%がその後5年間の合併症発症、進展に関連するかを検討し、予後予測バイオマーカーとしての可能性を探ることを目的としました。

2.研究成果

本研究では、糖尿病をもつ77人を対象にベースラインおよび5年後の血清酸化アルブミン比(HNA%)を測定し、網膜症・腎症・大血管症の予後との関連を解析しました。

まず網膜症に関しては、単純網膜症を有する人において、ベースラインで低いHNA%を示した群の方が糖尿病罹病期間が短く、5年後に網膜症の改善を示す割合が有意に高いことが明らかになりました(改善群の平均HNA% 25.46% vs. 非改善群の平均HNA% 33.71%)。この関連は追跡期間中の平均HbA1c値(注6)とは独立しており、HNA%が血糖マネジメントの指標では説明できない予後情報を提供する可能性が示されました。一方、ベースラインで網膜症を有さない人においては、HNA%と新規発症との関連は明確には認められませんでした。

次に腎症に関しては、77人全体においても、ベースラインで慢性腎臓病(CKD)ステージG2であった人のみにおいても、ベースラインのHNA%が高い群ほど5年間で腎機能が悪化するリスクが有意に高いことが示されました(全体:リスク比1.61、G2群のみ:リスク比1.83)(注7)。特にG2群では、ベースラインHNA%の高値が腎機能増悪の有意な予測因子となり、酸化ストレス指標としてのHNA%の有用性が強く示唆されました。

さらに大血管合併症に関しては、ベースラインのHNA%では有意な関連は得られませんでしたが、5年追跡時点でのHNA%が新規発症と有意に関連することが示されました。すなわち、心血管疾患や脳血管疾患といった大血管イベントにおいては、HNA%の変化を経時的にモニタリングすることが予後評価に有用である可能性が示唆されました。

以上の結果から、HNA%は糖尿病合併症の予後予測に有望なバイオマーカーであることが示唆されました。特に、網膜症改善や腎症進展予測に関して、HbA1cとは独立した情報を提供し得る点が注目されます。迅速かつ正確に測定できるHNA%は、臨床現場での実用化に向けた可能性を持ち、今後の大規模前向き研究での検証が期待されます。

3.社会的意義や今後の展望

本研究は、血清酸化型アルブミン比率(HNA%)が糖尿病網膜症や腎症の予後を予測し得る可能性を示した探索的な証拠を示しました。従来の血糖マネジメント指標であるHbA1cでは把握できない酸化ストレスの蓄積を反映することで、合併症リスクの新たな層別化が可能になると期待されます。HNA%は短時間で測定できるため、臨床現場における糖尿病合併症管理の精度向上や眼科受診・腎症対策の推奨に活用できる可能性があります。今後は多施設・大規模かつ前向き研究により、HNA%の予測精度と臨床的有用性をさらに検証し、糖尿病合併症管理における新たなバイオマーカーとして確立していくことが望まれます。

図:本研究の概要

図:本研究の概要

論文情報

雑誌名

Cureus

論文タイトル

Exploratory Analysis of Serum Oxidized Albumin as a Potential Prognostic Indicator for Diabetic Microvascular Complications: A Retrospective Cohort Pilot Study

著者

Tomoya Kawaguchi, Yuka Kobayashi, Keiko Yasukawa, Kengo Miyoshi, Nagisa Ishibashi, Satoshi Usami, Yosuke Inaba, Masaya Sato, Makoto Kurano, Ryo Suzuki, Tomohisa Aoyama, Yutaka Yatomi, Toshimasa Yamauchi* (*責任著者)

DOI

10.7759/cureus.83976

掲載日

2025年5月12日(オンライン)

研究者

川口 智也(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 特任臨床医)
小林 由佳(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 届出研究員)
安川 恵子(東京大学医学部附属病院 検査部 届出研究員)
三好 建吾(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教)
石橋 なぎさ(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 病院診療医)
宇佐美 慧(東京大学大学院教育学研究科 准教授)
佐藤 雅哉(東京大学医学部附属病院 検査部 講師)
蔵野 信(東京大学大学院医学系研究科/東京大学医学部附属病院 検査部 教授)
鈴木 亮(東京医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科 主任教授/東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻 客員研究員)
青山 倫久(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 特任講師(病院))
矢冨 裕(国際医療福祉大学 大学院長・教授/東京大学名誉教授)
山内 敏正(東京大学大学院医学系研究科/東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)

用語解説

(注1)酸化ストレス:
体の中で酸素を利用すると「活性酸素」という物質が生じます。これが多すぎると細胞や血管を傷つけてしまう状態を酸化ストレスといいます。体の老化や生活習慣病の原因の一つと考えられています。

(注2)糖尿病合併症:
糖尿病が長くあることで起こる合併症のことです。細かい血管が傷む「細小血管合併症」(網膜症や腎症、神経障害)と、大きな血管が傷む「大血管合併症」(心筋梗塞や脳梗塞など)があります。網膜症は糖尿病によって目の網膜の血管が傷み、視力が低下したり失明の原因になったりする病気です。腎症は糖尿病で腎臓が徐々に傷んで働きが悪くなる病気です。進行すると透析が必要になることがあります。腎臓病(CKD)ステージG2とは、腎臓の機能を段階的に分けた分類のひとつです。G2は比較的軽度の腎機能低下を示します。

(注3)血清酸化型アルブミン比率(human non-mercaptalbumin%, HNA%):
アルブミンは血液中のタンパク質で、酸化されると性質が変わります。酸化されたアルブミンの割合を「HNA%」と呼び、体内の酸化ストレスの強さを示す指標になります。

(注4)単施設後向きコホート研究:
1つの病院や施設だけで行う研究を「単施設」といいます。「後向きコホート」は過去の記録や経過を追って、ある条件の人がその後どうなったかを調べる方法です。

(注5)バイオマーカー:
体の状態を客観的に示す「生体の目印」となる指標です。血液や尿などから測定でき、病気の診断や予後予測に役立ちます。

(注6)HbA1c(ヘモグロビンA1c):
過去1〜2か月の血糖の平均状態を示す検査値です。血糖マネジメント指標として既に意義が隔離し、世界中で広く使われています。

(注7)リスク比(相対リスク):
ある要因を持つ人と持たない人で、病気の起こりやすさを比べた数字です。例えば「リスク比1.6」とは、リスクが1.6倍高いことを意味します。