脳動脈瘤とは脳内部の中ー小動脈(径1ー6mm)に発生する瘤状あるいは紡垂状のふくれた部分のことです。これは今の所、高血圧や動脈硬化、家族性の原因などが示唆されていますが、要因の不明なものが大半を占めています。人口の約1%の人にこれがみられるという報告もあります。これだけでは症状をだすことは稀ですか、大きくなると神経組織を圧迫して症状を出すこともあります。一番恐れられているのが破裂です。この状態がくも膜下出血です。大きな脳内出血を来すこともあります。破裂を来すと重篤な状態に陥ることが多く、大半の患者さんが(約50%)破裂と同時に死亡するか、昏睡状態におちいります。また病院に搬入されて治療を受けても、正常の状態に社会復帰できるのは、さらにその半分という報告もあります。したがって現在は脳ドックなどで破裂する前に動脈瘤を探し出して治療をすることが日本ではさかんに行われています。これが動脈瘤破裂による死亡や、身体不自由を生じる率を社会的に減らすことができるのかという事に関しては、今後の報告を待たねばなりません。
最近New England Journal of Medicineという世界でとても権威のある医学雑誌に、Mayo Clinicを含めた多くの欧米の施設の合同調査で直径1cm以下の動脈瘤の破裂率は極めて低く、一方手術のリスクはとても高いという、日本での知見とはかなり異なる結果が報告されています。確かに脳動脈瘤の破裂率は動脈瘤の大きさによって異なりますが、大部分の破裂動脈瘤は、破裂により小さくなっていることを考え補正しても、直径1cm以下なのです。また上記の報告の発生率が正しいと考えると、日本でのくも膜下出血の発生は、年1000例位となり実際の発生件数4000~5000件よりずっと少なくなってしまいます。症例の選択に問題もあり日本における今後の対応にこのデータを適応するには、さらに慎重な検討が必要と考えられています。但し、高年者の極めて小さい(直径2~3mm)動脈瘤は手術適応でないことは確かであると思われます。更に治療の適応を決定するために信頼されうるデータを求めるため現在日本脳神経外科学会を中心に未破裂脳動脈瘤の全国悉皆調査が行われています(UCAS Japan)。
図は脳ドックで見つかった55歳女性の動脈瘤(中大脳動脈)です。不整な形をしているので破れやすいと考え手術を施行しました。術後経過は良好で2週間で退院なさいました。(本人の了解を得て掲載)
3次元CT | MRアンギオ | 脳血管撮影 |
動脈瘤 | クリップをかけて閉鎖 | 手術後血管撮影: 動脈瘤は消失している |
くも膜下出血の予後は出血の程度、発症時の意識状態、神経症状により左右されます。現在くも膜か出血の程度は主に意識レベルにより5段階に分類されています。レベルの悪い4や5の状態では脳の腫れがひどく手術はとても困難です。まず脳の腫脹に対する治療が先決されます。レベルの良いものでは、手術もしくは他の方法で再出血を防ぐことが第一の急務です。
図は78才の女性意識消失を来たして救急に来院。CTで重症のくも膜下出血を認めた。脳血管撮影では内頚動脈に動脈瘤を認めた。やや意識の改善が見られたため手術にて動脈瘤にクリップをかけて閉塞し、くも膜下出血をウロキナーゼという血腫溶解剤で溶解しました。手術後徐々に意識回復し、リハビリをおこない、社会復帰されています。
手術前CT | 脳血管撮影 |
くも膜下出血の再出血率は発症当日が最も高く、その後は1日1ー2%の率で経緯します。1ヵ月以内に約50%が再出血するといわれています。また再出血の予後はさらに悪化します。したがって動脈瘤の治療は来院後なるべく早期、できれば48~72時間以内に行われることがすすめられています。
現在動脈瘤の治療は開頭によるクリッピングといわれる手技と脳血管内から動脈瘤はその本血管にコイルやバルーンをつめる血管内手術があります。クリッピングは未破裂の動脈瘤や状態の良いくも膜下出血を起こした動脈瘤に最も頻回に使われる手術方法です。チタンやステンレスでつくられた小さな洗濯鋏のようなクリップで動脈瘤の首の部分を閉塞し瘤への血流をせきとめる方法です。この方法は20年来おこなわれてきており長期の効果も実証されています。しかし昨年当医局出身の堤先生がクリッピング後でも再出血、動脈瘤の再発が比較的高頻度に見られる知見ををStrokeという雑誌に掲載しました。クリッピングされた後でも慎重な追跡が必要であることを示唆しています。血管内手術はここ10年来発展してきた技術ですが、心臓血管における治療とも同期して非常に進歩の早い分野です。頭を切らずに動脈瘤をつめることができること、脳が腫れている時でも行うことができるなどの利点から日本、欧米でも急速に普及し始めています。しかし未だ慣れない術者が行えば動脈瘤以外の血管を閉塞してしまったり、動脈瘤をカテーテルで突き破ってしまったり合併症が利点よりも問題になってしまいます。また長期予後については確実な結果はまだ発表されていません。大きな動脈瘤はどちらの治療法でも困難な場合もあり、親血管の血流を残すためにバイパスをして親血管そのものを塞ぐ手術などが行われることがあります。今後は血管内に補強をするステントの技術などが進歩しさらに低い侵襲で治療がおこなわれるようになると信じられています。
しかし一方ではくも膜下出血が発生してしまうとやはり大半は不幸な予後をたどることが多く、さきほど述べましたように出血を未然にふせぐこと、また動脈瘤の発生自体を低下させるよう遺伝子学的な研究も進められています。
くも膜下出血を来すと脳実質が損傷される以外にも様々な問題が発生します。代表的なものが脳血管攣縮と水頭症といわれる病態です。脳血管攣縮はくも膜下出血により漏出した血液が脳血管と反応して来されると考えられていますが、数多くの研究にも拘わらず、確実な原因はつかみきれていません。これもくも膜下出血の出血の程度で発生率が変化します。なるべく早期に出血を除き洗い出すことが予防に有効であることが証明されています。手術により血腫を除去し またドレーンから血腫を溶解する薬を注入したり、また当院の鈴木講師が開発したニューロシェーカーという道具で早く血腫を溶解させる努力、また脳血管拡張剤の使用によりこの脳血管攣縮の発成率は低下しています。それでも発生してしまった場合には脳の血流を増加させるよう、輸血や血圧上昇をはかります。また血管拡張剤を動脈に直接注入したり血管内にバルーンをいれちじんだ動脈を拡張したりすることが患者の回復に貢献しています。
水頭症は脳室という脳の部屋でつくられる髄液とよばれる液体がくも膜下出血により吸収されなくなり脳室が拡大し圧力が上がる状態です。これはくも膜下出血発生後すぐに起こるものとしばらくしてから1~2ヵ月後に起こるものとがありますが、実際にははっきりした区分ができない場合も多くあります。急性期には脳室に細いシリコン製の管を挿入して髄液を外部に逃して圧をさげる操作がおこなわれます。またこの状態が長期に及ぶ場合には髄液に感染がないことを確認した後脳室と腹腔内を管で結ぶシャント術が行われます。この発生も早期にくも膜下出血を洗浄することによって抑えられることができると考えられています。