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脊索腫・軟骨肉腫の治療

  1. 脊索腫・軟骨肉腫について
  2. 画像上、脊索腫・軟骨肉腫に類似している病気
  3. 正しい治療法の選択:長期的な視野に基づいた治療戦略
  4. 神経内視鏡手術について
  5. 当院で治療を行った実際の手術症例
  6. 従来の手術法(開頭手術の問題点など)
  7. ガンマナイフについて
  8. 放射線治療の選択について
  9. 当科における治療方針と成績:最も大切なのは“最初の一手”
  10. 東京大学脳神経外科における脊索腫・軟骨肉腫の治療の特徴
  11. 受診を希望される方へ

1.脊索腫・軟骨肉腫について

脊索腫や軟骨肉腫は、頭蓋底腫瘍の中でも最も治療が困難な病気と言われています。頭蓋骨の 深部である斜台という骨から発生し、神経や血管を巻き込み、周辺の骨を破壊しながら増大します。これらの腫瘍では、複視(ものが二重にみえること)が出現することからみつかることが多く、それから、顔面の感覚異常や顔面神経麻痺、さらにはものを飲み込む機能の障害、手足の麻痺などの症状が徐々に進行します。最終的に 適切な治療がなされない限りは、これらの症状の悪化が治まることはなく、周辺の脳を破壊しながら、増大し続けます。

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従来、治癒が難しいとされていた、脊索腫や軟骨肉腫ですが、近年では治療技術の進歩により、そのほとんどが、安全に治療可能となっています。それでは、一般に“治療が難しい”といわれる病気を、安全に治すためのキーポイントは、いったいどこにあるのでしょうか。それは、実は非常に単純なことです。

 “治療経験”のある医師ではなく、“治療実績”のある医師のもとで、一貫して治療を受けることです。つまり、“治療ができる”ということは、必ずしも“病気を完治させることができる”という意味ではありません。こうした疾患の多くの治療経験と基づき、治癒させるための道筋をきちんと知っている医師のもとで治療を受けることが最も大切といえます。

脊索腫・軟骨肉腫の治療が、一般的に最も治療が困難といわれるには、以下のような理由があります

  1. 頭蓋骨の底、最も深部に発生するため、周辺の正常な脳や神経を障害せずに腫瘍を摘出することが極めて困難である(であった)oosawa ct
  2. 摘出ができたと判断された場合でも、腫瘍細胞が骨に浸潤して存在するため、摘出腔の処置が不十分の場合には、比較的早期に再発する可能性がある
  3. 通常の放射線治療は無効であり、重粒子線などの高線量の放射線治療が必要となるが、脳幹といわれる生命の維持に関与する部分の近くに発生するため、合併症なく高線量を照射することが難しい

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つい最近まで、脊索腫や軟骨肉腫は、“治すことのできない病気”として、諦められて いました。この最大の原因は、脳神経外科手術=開頭手術(頭蓋骨を開いて手術)では、脳の深いところに存在する腫瘍に対して、摘出できる範囲に限界があるためです。さらに、十分な範囲での切除がなされる前に、放射線治療が行われることが多く、結局、治療を効果的に行うことができないまま、手詰まりになってしまうからです。

当科では、頭蓋底腫瘍の治療を専門とする基幹病院として、以前よりこれら難治性の脊索腫・軟骨肉腫の治療に携わってきまし た。現在までに蓄積された治療データを分析し、さらに神経内視鏡手術やガンマナイフなどの最新の治療技術を駆使することで、多くの患者さんに安全で良好な治療効果を提供することができるようになりました。

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2.画像上、脊索腫・軟骨肉腫に類似している病気

まず、脊索腫や軟骨肉腫に対する治療のお話しを始める前に、あなたの御病気は本当に、こうした特殊な腫瘍でしょうか?当科に“脊索腫”として紹介されてくる患者さんや、前医にてMRIなどの検査で“脊索腫”や“軟骨肉腫”として診断されてきた患者さんの中には、実際は、こうした特殊な病気ではない方が数多くおられます。ここでは、脊索腫や軟骨肉腫に画像上、類似している疾患についてご紹介しておきます。

プロラクチン産生下垂体腺腫

PRLoma prepost cabergoline下垂体から発生する良性腫瘍。著しい骨破壊を示している割に、頭蓋内に膨隆するような進展をみせず、症状も比較的軽度のことが多いです。脊索腫と紹介されるうちで、最も多い腫瘍と言えます。

通常、女性では、月経不順などを来すため、小さいうちに見つかることが多いのですが、男性では頭蓋底を破壊するほどの大きさになるまで見つからないこともあります。採血検査で血中のプロラクチンの値を測定することで容易に診断がつきます。治療は、診断確定のため、一部の組織を採取することはありますが、切除のための手術は不要です。週1〜4錠の薬の内服で、図のように数か月間の間に腫瘍は著しい縮小を認めます。

線維性骨異型性症

fibrousdysp骨の先天性病変。通常、思春期以降に病変が増大することは極めて稀なため、成人で見つかった場合は、診断確定のため、一部の組織を採取することはありますが、切除する必要はありません。経過観察のみで、安定していることがほとんどです。

副鼻腔癌やその他の悪性腫瘍

nasopharynx Ca副鼻腔の悪性腫瘍では、抗がん剤や放射線治療が奏功することが多く、手術で徹底的に病変を切除することはあまり意味がありません。診断確定のため、一部の組織を採取した後に、これらの補助療法を行います。治療後の経過は、病変の組織診断の結果や、進展範囲によって様々です。

頭蓋底感染症などの炎症性疾患

skull base infection頭蓋底感染症の治療の第一は、抗生剤となります。頭蓋底感染症を疑う場合には、組織診断に加え、特別な細菌培養検査を準備する必要があります。これらにより診断を正確に行った後に、内服加療を継続することが重要となります。

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3.正しい治療法の選択:長期的な視野に基づいた治療戦略

脊索腫や軟骨肉腫の治療方法を選択する場合に最も大切なことは、あらゆる可能性を考えた上で、長期的な視点から、“この病気をきちんと完治させるためにはどうすべきか”という考え方です。こうした難治性の頭蓋底腫瘍は、手術で全摘出された後でも、再発が認められることがしばしばあります。したがって、「まず、 手術でできるだけ摘出して、残った部分については、そのとき考えましょう」、「全摘出できれば、その先のことは再発したときに考えましょう」という考え方 では、最終的にきちんと完治させることができるとは思えません。つまり、行き当たりばったりの治療ではなく、一連の治療戦略を立て、その、第一段階 としての手術という観点から、手術方法を選択することが大切になります。

外科的に腫瘍を摘出する場合には、腫瘍が全摘出できる場合でも、摘出後に腫瘍が存在していた部分に対し、適切な後処置を行うことで再発のリスクを減らすことができます。また、腫瘍の全摘出が困難な場合でも、絶対に傷つけてはいけない構造と、ある程度危険をおかしても、完治させるためには絶対に摘出しておかなければいけない部分とをはっきり認識して手術に臨む必要があります。さらに、長 時間をかけてでも一度の手術で摘出しておいた方がいい場合と、複数回に分けて手術をした方がいい場合などもあります。これらは、患者さんの現在の症状、腫瘍の存在部位や大きさ、周辺神経や血管との関係、さらに、今回が初めての治療であるのか、再発であるのか、現在までに行われた治療の経緯などによって、 様々です。

現在までの経験では、初期治療が当院で行われている患者さんでは、ほとんどの方で術後の症状の改善が見込め、治癒までに複数回の手術が必要となる可能性は少ないように思います。

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4.脊索腫・軟骨肉腫に対する神経内視鏡手術

神経内視鏡による鼻腔を経由した手術

当科では、全国にさきがけ、1998年より神経内視鏡単独による鼻腔からの手術を下垂体腺腫に対して行ってまいりました。この手術法を応用し、2009年より、頭蓋底腫瘍に対する新たな手術法を開発し、開始しております。神経内視鏡を使う事で側方や上方へ伸展した腫瘍にも、安 全にアプローチが可能となり、鼻中隔を鼻腔の奥で一部分だけ切開・剥離することで手術が可能であるため、手術時間が短く、術後の患者さんの身体への負担も 少なく抑えられます。通常、手術の翌日から食事や歩行も可能です。

現在、様々な施設で内視鏡手術が行われるようになってきていますが、その多くで“endonasal法”という手技が行われています。これは、鼻腔の奥で 広範囲に鼻粘膜を除去して、下垂体に到達する方法です。これらは欧米で広く行われている方法で、比較的鼻が大きい欧米人に適した手術法ですが、鼻腔が小さ な日本人に適しているとは言いがたいところがあります。しかも、鼻腔からの手術ではありますが、鼻や口からの空気を保温・保湿して、呼吸器へ送るといった 副鼻腔の大切な機能を温存することができず、必ずしも低侵襲とはいえません。鼻腔内の構造を広い範囲で破壊してしまう割には、あまり広い視野が得られていないように思います。

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当院における経鼻手術の特色:日本人に適した手術法の開発

他院で経鼻的に全摘出ができなかったような腫瘍に対しても、当科で手術を行い、安全かつ効果的に全摘出が達成できる場合がしばしばありえます。これは、同じ経鼻手術であっても、手術の方法に違いがあるからです。当科では、以前から“transnasal法”といった、独特の手術方法を開発し、行ってまいりました。この方法では、手術中は、鼻粘膜を内側から剥がして、一時的に術野の外側に除けてから下垂体に到達します。手術中はendonasal法 に比べて広い術野を確保することが可能で、手術終了後は、剥がした鼻粘膜をもとどおり鼻中隔に戻すため、鼻腔内での鼻粘膜や副鼻腔の損傷を最小限に抑える ことが可能です。また、鼻腔の小さな患者さんにも安全で苦痛の少ない治療を行っております。こうした患者さんの負担軽減を考慮した“日本人に適した”手術法の開発は、近年、国内外の学会でも高い評価を受けております。このように、新たな手術法や手術機械の開発を常日頃から行うことで、術後の患者さんの不快感を少しで も軽減できるよう、常日頃から努力しています。

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5.当科で治療を行った実際の手術症例

典型的な斜台部腫瘍の症例

治療例1:両側の眼球の外転障害(眼が外へと動かず、ものが二重にみえる状態)にてみつかった斜台部脊索腫。腫瘍は全摘出されており、眼球運動障害も改善。手術後、4年が経過するが、再発を全く認めていない。

ホームページ症例提示1

治療例2:眼球運動障害にて見つかった10代女性の斜台部腫瘍。ガンマナイフによる治療後にも腫瘍は急速な増大。内視鏡手術にて摘出し、5年以上再発を認めていない。

ホームページ症例提示2

治療例3:他院にて経過観察中に著しい増大傾向を認めた斜台部脊索腫。当院にて内視鏡手術を行い、腫瘍は全摘出され、順調に経過している。

ホームページ症例提示3

治療例4:複数回の開頭による摘出術後に、最も深部の上咽頭周辺に再発した脊索腫。内視鏡手術にて、問題なく腫瘍は全摘出されている。合併症なく、5年以上再発を認めていない。

ホームページ症例提示4

治療例5:他院での経鼻手術と複数回のガンマナイフ後に再発した側方進展を認める脊索腫。術後、病変は十分な範囲で切除されており、経過良好。

ホームページ症例5

前頭蓋底近傍に進展した腫瘍の例

治療例6:眼球の奥から眼窩を押し出すように存在し、前頭蓋底、斜台にかけて伸展する大きな軟骨肉腫。内視鏡手術にて腫瘍は全摘出され、術後、眼球突出も改善した。術後、5年以上再発を認めていない。

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治療例7:他院にて複数回の摘出術と放射線治療後に再発した前頭蓋底から眼窩内に侵入した脊索腫。眼球の突出が、日々進行していたにも関わらず、前医では“治癒させるのは不可能”といわれ、治療を断念されていた。当科の受診を希望され、来院。内視鏡手術にて経鼻的に前頭蓋底に進入した腫瘍は全摘出され、眼球の位置は正常化した。

ホームページ症例提示7

頭蓋頚椎移行部に発生した腫瘍の例

治療例8:斜台から頭蓋頚椎移行部(頭蓋骨を支える頚の骨との境界部)に発生し、延髄を強く圧迫する脊索腫。経鼻的に頭蓋外と頭蓋内の腫瘍を別々に分けて、2回の手術で切除。後遺症なく、十分な範囲での切除がなされている。強く後方へと圧迫され、彎曲していた脳幹も、元の形状に回復し、経過良好である。

ホームページ症例提示8

頭蓋内へと伸展し、脳幹を強く圧迫している腫瘍の例

治療例9:脳幹を強く圧迫し、眼球の外転障害(眼が外へと動かず、ものが二重にみえる状態)と体のふらつきや歩行困難を認めた頭蓋底軟骨肉腫の例。前医にて、過去3回の開頭手術が試みられているが、腫瘍の切除できず、当科に紹介された。経鼻的に頭蓋外と頭蓋内の腫瘍を別々に分けて、2回の手術で切除。手術後に、ふらつきや歩行困難は著しい改善を認めた。眼球の外転障害については、手術後に一時的に悪化したが、術後半年で完全に回復し、最終的には術前に認められた症状は全て回復した。治療後3年以上経過するが、病変の再発を認めていない。

ホームページ症例提示9

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6.脊索腫・軟骨肉腫に対する従来の手術法の問題点

脊索腫や軟骨肉腫に対する手術については、大きく分けて、開頭(頭を開ける)による方法と経鼻(鼻の穴から到達する)での方法があります。開頭で顕微鏡下に手術を行なった方がいいのか、経鼻的に内視鏡下に手術を行った方がいいのかについても、それぞれの患者さんで異なります。しかしながら、近年の当科での経験をもとに考えると、多くの患者さんで、内視鏡を用いて経鼻的に手術を行った方が、安全かつ効果的に治療 をすすめることができるように思います。

開頭手術の問題点

従来、頭蓋骨を 大きく開頭し、脳を圧迫しながら到達する経頭蓋底手術が主に施行されていました。この手術では、広い術野を展開できることから、手術がやり易いという利点 がありました。しかしながら、もともと脳の深部から発生し、中心にある様々な神経や血管を内側から外側へと圧迫しながら増大するこうした腫瘍に対し、外側 から到達しなければならないため、中の腫瘍を切除するためには、間にあるこれら大切な解剖構造物をひっぱったり、時には切断したりする必要性に迫られまし た。このため、開頭による手術では、様々な脳神経を損傷せざるをえないところがあり、術後、症状の改善が得られにくいばかりか、合併症の危険性が危惧されてきました。これ以外にもあります。通常これらの腫瘍は脳の一番底面で、硬膜というしっかりとした膜で脳と隔てられているため、腫瘍がかなり大きくなってしまった場合で も、これらの膜を突き破って脳の中へと侵入してくることは比較的まれです。しかしながら、開頭術では、“防御壁”ともいうべき硬膜を破らないと、腫瘍に到 達し摘出することができません。つまり、一回の開頭手術で腫瘍が全摘出され、順調に完治できればいいのですが、腫瘍が残存した場合には、せっかくバリアーとなって、脳への進入を抑えているこの隔壁を壊してしまうので、残存腫瘍の脳内への進入を助長してしまう可能性があります。以上より、一般的に は、脳の中心部にある腫瘍に対し、外から内へと到達する開頭手術よりは、内側から到達できる経鼻手術の方が、手術の効果や安全性、再治療のやり易さからし ても、圧倒的に優れているといえます。

口唇下到達手法による手術

開頭による手術方法よりは、患者さんの体の負担を抑えた手術法として、口腔内の粘膜を切開し、鼻腔に入る口唇下到達法(sublabial approach)があります。この方法は、顕微鏡を用いた手術で、患者さんの体の外から脳深部を観察するために開発された方法で、口腔から鼻腔にかけて 広い範囲の粘膜剥離を必要とします。しかしながら、その割に視野が著しく狭く、また、外側や上下方等に進展している腫瘍を直視下に摘出する事が困難である といった欠点を有しております。顕微鏡を用いた手術では、手術画像は非常に鮮明ですが、限られた大きさの“窓”から内部を覗き込むかたちの手術にならざる を得ず、どうしても制限が出てきます。

こうした欠点を克服し、治療に伴う体の負担を軽減するために開発されたのが、鼻の穴から内視鏡を挿入して行う、経鼻的内視鏡手術です。脊索腫や軟骨肉腫に 対し、内視鏡手術を導入することで、通常の顕微鏡手術では視野にいれることができなかった、解剖構造の裏側にある腫瘍についても無理なく摘出することが可 能となりました。近年は、従来手術での摘出が不可能とされていた腫瘍についても、安全に全摘出できる割合が大幅に増えています。

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7.脊索腫・軟骨肉腫に対するガンマナイフ

当院では、国内では初めて1990年よりガンマナイフによる治療を開始しており、現在まで約20年にわたる治療経験とデーターに基づき、脊索腫・軟骨肉腫に対するガンマナイフ治療を行っております。

ガンマナイフの脊索腫・軟骨肉腫に対する治療効果については、治療を行う施設により、現在、様々な意見があります。現在までの我々の20年以上の治療経験に基づいたデータを分析したところ、比較的高線量(腫瘍周辺部も含めて18Gy以上)で、腫瘍存在部位全体をカバーした治 療をおこなった腫瘍では、安全で80%以上の高い腫瘍の制御(腫瘍の増殖をストップし、照射した腫瘍がこれ以上大きくならないこと)が確認されています。

したがって、現在までの放射線治療の結果を総合的に考えると、高線量でのガンマナイフによる照射が達成できれば、最も安全かつ有効であるといえます。しか しながら、高線量でのガンマナイフ治療が可能となるためには、一回の照射範囲がある程度小さく(直径で3cm未満)、視神経などの放射線感受性の高い部分 が腫瘍に接していない必要があります。したがって、脊索腫・軟骨肉腫のガンマナイフによる治療は、適切な範囲での徹底した摘出術施行後の残存腫瘍や再発腫 瘍などが、非常によい適応となります。つまり、ガンマナイフによる放射線治療がうまくいくかどうかは、初回手術がどれだけ安全かつ徹底して腫瘍摘出がなさ れたかが、最も重要なポイントとなりえます。

ガンマナイフとは

ガンマナイフとは、放射線の201個の細かいビームを、虫眼鏡で太陽の光を一点に集めるように、病巣部のみに集中して照射する治療法です。この治療の良い 点としては、重要な組織が密集している頭蓋内でも高い精度(誤差は1mm未満)で治療をすることができるという点です。しかも、患者さんの体の負担は非常 に少なく、全身麻酔下での手術が困難な患者さんや、小児から高齢の方まで、どなたでも安全に治療が受けられます。治療は通常2泊3日の入院で、一般的な放 射線療法でみられるような治療後に髪の毛が抜けるような心配もありません。治療当日は、頭部に特殊金属のフレームを固定し、MRIを施行します。その後、 そのデーターをもとにコンピューターで腫瘍の存在する座標を正確に把握し、照射します。


オレンジ色が視神経、黄色が腫瘍への高線量照射の範囲です。
オレンジ色が視神経、黄色が腫瘍への高線量照射の範囲です。

脊索腫・軟骨肉腫に対するガンマナイフの利点

ガン マナイフによる斜台部腫瘍の治療では、手術や従来の放射線治療と比べ、患者さんの負担は明らかに少ないです。又、最大の利点は、治療が2泊3日と短期間で 済み、内頚動脈や重要な脳神経を含んだ海綿静脈洞といわれる部分に進展を示している腫瘍に対しても、極めて安全に治療が可能である事です。その治療効果 も、サイバーナイフやノバリスなどの分割照射型放射線治療と比較して早期に症状の改善が認められます。また、腫瘍の増殖制御という点でも非常に優れており ます。

当院には、前医で、通常の良性腫瘍で使用される線量と同等の放射線量を用いて、ガンマナイフによる治療を行い、その後に再発を来した患者さんも多く紹介されてきます。こうした方に対しても、手術で安全にそのほとんどを切除した後に、残存部分に対し高線量での照射を行うことで、前医では“無効”とされていたガンマナイフによる治療が、極めて安全かつ効果を発揮できることを経験しております。

8.脊索腫・軟骨肉腫に対する放射線治療の選択について

通常の放射線治療:脊索腫・軟骨肉腫に対しては全く無効

手術の次に、治療の鍵を握るのが、放射線治療です。放射線治療には、一般的な放射線の分割照射(ライナック)、ガンマナイフ、サイバーナイフ、重粒子線な ど、さまざまです。こうした治療法を受ける前に、患者さんが必ず確認しておかなければならないのは、その治療を受けた場合に、長期的に見て治療が成功する 可能性がどのくらいあるかということです。現在でも、多くの施設で手術後の残存腫瘍や再発腫瘍に対して、一般的な放射線の分割照射(ライナック)が施行されています。この方法では、治療に伴う合併症の危険性は比較的少ないのですが、腫瘍の増殖を抑えることは期待できません。つまり、脊索腫や軟骨肉腫のほとんどの症例で、全く無効といってもいいでしょう。それどころか、今後、必要な際に追加の放射線治療を効果的に行うことの妨げとなってしまうことがしばしばです。

量子線や重粒子線による放射線治療:成功の可能性は五分五分、再発時には治療が極めて困難に・・・・

通常の放射線治療に比べて、非常に強い放射線を分割して照射する治療法に、重粒子線があります。この方法では、比較的高い腫瘍の増殖抑制が期待されていますが、依然として10年以上の長期成績がはっきりしていません。照射線量が高いので、一般の放射線にくらべると高い効果が期待されますが、その分、周辺の正常構造への被爆も通常より高くなるため、効果だけでなく、合併症の危険性も比較的高いといわざるを得ません。近年治療後10年以上の成績が少しずつ発表されておりますが、症例をかなり限定して治療を行ってきた割には、局所制御率で5割未満、治療に伴う重度の合併症が約15%の方で見受けられるなど、“安全で効果的”とは言い難いのが現状です。また、重粒子線治療後に再発した患者さんに対しては、徹底した手術での切除しか選択肢が残されていません。しかしながら、こうした患者さんでは、高線量の放射線により腫瘍周辺の組織が著しく損傷されており、再発後の手術では、組織の回復が著しく悪く、合併症の危険性が強く懸念されます。

サイバーナイフによる放射線治療:成功の可能性は少ないが、合併症も少ない

サイバーナイフは、一般的な放射線の分割照 射(ライナック)や重粒子線と比較し、治療精度が向上し(誤差2mm程度)、分割の回数を減らすことで治療効果を期待し、合併症の危険を減らした最新の治 療機械といえます。それでも、最近の治療成績では、脊索腫に対する腫瘍の制御率(腫瘍の増殖をストップし、照射した腫瘍がこれ以上大きくならない割合) は、治療後5年の時点で60%未満です。この治療法は、合併症の危険性と治療効果の面から考えると、丁度、効果が低いが合併症の少ない一般的な分割照射 (ライナック)と、それなりの効果が期待できるが合併症が危惧される重粒子線治療の中間的な存在といえるでしょう。しかしながら、通常の放射線と同様に今後、必要な際に追加の放射線治療を効果的に行うことの妨げとなってしまう可能性は十分あり得ます。

放射線治療を成功させるための必須条件とは

放射線治療を成功させるための最も重要な鍵は、その前の外科的摘出術の時点から、計画的に治療を行っていくことにあります。既に放射線が照射されていたり、放射線治療の追加で著しい障害が危惧される部位については積極的な摘出を行い、摘出に著しい危険が伴ったり、困難が予想されたりする部分は、安全な範囲で最大限の摘出にとどめる。その上で、残存部分については、限られた範囲に計画的に高線量での照射を行うことが重要です。こうした治療を行うことで、手術のみでの治療では、合併症が危惧されるような場合でも、危険性を最小限に抑え、良好な腫瘍制御が得られるようになるのです。

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9.当科における脊索腫・軟骨肉腫の治療方針と成績

近年、医療技術の進歩に伴い、頭蓋底腫瘍の治療も大きく変化しています。腫瘍の根絶を目指して「徹底的に治療を行う」ということはもちろんのこと、入院か ら手術前後の時期を含め、治療を受ける患者さんの体の負担を抑え、少しでも苦痛を減らして快適に過ごしてもらえるような「低侵襲な治療を行う」ことが重要視されています。

脊索腫・軟骨肉腫に代表される斜台部腫瘍の手術は、従来、患者さんに著しい身体的負担を強いるものでした。当科では、全国にさきがけ、神経内視鏡や手術支援用ロボットアーム、手術用ナビゲーションシステム、術中脳神経モニタリングシステムを導入し、斜台部腫瘍のみならず、通常の病院での治療が困難な頭蓋底腫瘍についても、 経鼻内視鏡手術に取り組んできました。国内外で経験を積み内視鏡手術に300例以上の経験をもつ脳神経外科担当医と耳鼻咽喉科の腫瘍専門医、骨腫瘍専門で ある整形外科医との協力により、治療を行っております。また、手術や内科的治療のみでは、安全な治療が困難な場合には、ガンマナイフやシナジー、トモセラピーといった最新の放射縁治療装置により、病変部のみに限局した高線量での放射線照射が可能です。これら最新の治療技術を駆使することで、脊索腫・軟骨肉腫でお悩みの患者さん、ひとりひとりに合った、最適の治療プロトコールを提供しています。

当院における頭蓋底脊索腫・軟骨肉腫の治療成績

 ここでは、当院で治療を受けた、脊索腫や軟骨肉腫について、治療成績をご紹介します。治療成績については、A.腫瘍の制御率(腫瘍の再発なく、順調に経過している割合)、B.神経症状の改善率(複視などの神経症状を呈して見つかった患者さんの内、治療により症状が改善した方の割合)、C.合併症の割合(治療後に新たに後遺症を認めた患者さんの割合)で評価しています。また、治療成績は

1.治療当初から、当院にて一貫して治療を行っている方
2.初回手術が前医で行われ、再発後に当院に紹介となった方                
3.前医にて、手術や放射線治療など徹底した治療がなされ、その後に再発を来し、当科を受診された方 

の3つのグループに分けて検討しました。我々の施設で、神経内視鏡下での経鼻頭蓋底手術を開始して、現在で7年が経過しています。このため、以下の治療成績は治療後3年から7年の間での経過をまとめたものとなります。後遺症の割合には、術後一過性に悪化したものではなく、永続する後遺症を認めた方の割合になります。

1.治療当初より当院にて一貫して治療を行った場合の治療成績

  腫瘍制御率 症状の改善率 後遺症の割合
脊索腫 95% 80% 5%未満
軟骨肉腫 91% 82%  0%

腫瘍が発見され、最初の治療から当科にて行っている方では、初回の手術から当科での一貫した治療方針のもと、治療が行われます。通常、脳神経の麻痺などの症状を呈している方でも、多くの方で術後3か月〜半年程度で症状の改善が見込めます。通常、1回の手術で全摘出が達成できることがほとんです。しかしながら、腫瘍の大きさや悪性度によっては、複数回の手術が必要となったり、摘出術後にガンマナイフによる追加治療が必要となったりする場合があります。

2.初回手術が前医で行われ、再発後に当院に紹介となった場合の治療成績

  腫瘍制御率 症状の改善率 後遺症の割合
脊索腫 83% 9% 9%
軟骨肉腫 84% 80% 0%

初回手術が前医にて行われ、その後の経過で当科に紹介になった方では、前医で行われた手術の方法により、治療後の経過が様々です。一般にほとんどの方で、良好な腫瘍制御が達成できるように思います。また、再発時の状況によっては、当科紹介時後に、再度手術を行わずにガンマナイフによる治療のみで、十分腫瘍制御が達成される場合もあります。しかしながら、脊索腫の患者さんでは、他院で手術を受けたあと再発した方では症状の改善率は、低いように思います。これは、再発時には、脳・神経への悪影響がさらに進行していることがあげられると思います。また、再発時にすでに腫瘍が大きくなってしまっている場合や急速に増大している場合には、手術が複数回になったり、術後にガンマナイフなどの追加治療が必要になったりする場合も多いように思います。

3.既に手術や放射線治療など、前医で徹底した治療がなされた後に再発を来した場合の治療成績

  腫瘍制御率 症状の改善率 後遺症の割合
脊索腫 67% 0% 11%

当院に紹介されてくる脊索腫の患者さんの中には、既に前医で複数回の手術(開頭、経鼻、経口など)が行われ、その後、再発に対し放射線治療が行われているにも関わらず、腫瘍が制御されていない方もおります。こうした患者さんに対しても、当科では積極的に治療を行っております。残念ながら、こうした患者さんのほとんどの方では症状の改善は見込めません。しかしながら、前医で“これ以上の治療の可能性なし”と言われた方の内6割では、まだ、腫瘍を抑え込むことのできる可能性があります。あきらめずに、ご相談いただければ幸いです。

脊索腫・軟骨肉腫の治療で最も大切なのは、“最初の一手”

当科では、年間50〜70例、頭蓋底病変に対する内視鏡下経鼻手術を行っております。この内、脊索腫・軟骨肉腫については、現在までに80件以上の手術を経験しております。全国からご紹介いただいてることもあり、こうした疾患にお悩みの患者さんの手術を、毎月1〜3例程度行っており(ここ数年の、脊索腫・軟骨肉腫の年間手術件数は10〜20件程度になります)、国内のみならず、海外の施設と比較しても、最も経験豊富な病院の一つといえます。

頭蓋底腫瘍の治療では、第一回目の初期治療が、何よりも重要となります。初期治療(初回の手術)が適切に行われている場合には、 ほとんどの患者さんで、症状の改善が達成されるため、その後の治療経過が順調に進みます(決して、“失う手術”ばかりではありません)。特に脊索腫の中でも、悪性の成分を含むような例では、部分的な切除の後に急速に増大することも、しばしば経験しております。したがいまして、MRIやCTなどの画像診断で、脊索腫・軟骨肉腫が疑われる場合には、近医で“とりあえず”の治療を受ける前に、早めに御相談いただければ幸いです。初回手術で、腫瘍をしっかりと摘出することが、“治癒”への第一歩となりえます。

当科では、他院で一連の治療を受けたにも関わらず、依然としてご病気に日々悩まされている患者さん についても、さらなる治療の可能性について、ご相談を受けております。実際に、他院で“これ以上の治療は無理”と言われた患者さんでも当科でその後の治療 を継続することで、良好な経過をとる場合も、多く経験しております。これら難治性の頭蓋底腫瘍でお困りの際には、治療の経緯に関わらず、御相談いただければ幸い です。

前述の経鼻的内視鏡手術にしても、また、ガンマナイフによる治療にしても、脊索腫や軟骨肉腫に対する治療は、通常の脳腫瘍と比較して、多くの点で特 別な配慮が必要となってきます。当科でも、治療経験を積むことで、日々、治療成績の向上に努めております。これらの症例が、脳腫瘍の中でも極めて稀なものであり、さらに完治させることが一般的に難しいといわれていることを考える と、豊富な治療経験と過去のデータの蓄積がある施設で、最初から一貫して治療を受けることをお勧めします。

10.東京大学脳神経外科における脊索腫・軟骨肉腫の治療の特徴

  1. 頭蓋底腫瘍の治療に熟練した専門医が、治療の必要性から治療方針、経過観察に至るまで、一貫して御相談を受け、一人一人の患者さんに最適な治療計画を御提示いたします。
  2. 脳神経外科、耳鼻咽喉科、放射線科の各専門医がそれぞれの知識と経験を生かして、患者さんの治療を検討し、方針を決定します。
  3. 外科手術では、国内外で300例以上の経験を積んだ神経内視鏡手術のエキスパートによる経鼻的手術を行っており、患者さんの体の負担を最小限に抑えた手術法を採用しています。
  4. 神経内視鏡を用いることで、安全な摘出が困難とされる上方や側方、頭蓋底の深くに進展した腫瘍でも、直視下で無理なく切除することが可能です。
  5. 当院では、脳神経外科以外のすべての診療科において、日ごろから高い水準の治療が行われています。心血管系(不整脈、心筋梗塞、狭心症など)や代謝内分泌系(高血圧、糖尿病など)の病気を合併している方でも、安心して治療を受けていただけます。
  6. 手術での摘出に著しい危険が伴う部分の腫瘍については、安全かつ充分な範囲の摘出に留め、残存部に対して必要に応じてガンマナイフによる追加治療を行います。
  7. 他院で一連の治療を受けた後に、再発したような特別に治療が困難な症例に対しても、多くの治療経験があります。

11.受診を希望される方へ

  • 疾患・治療に関するご相談につきましては、東京大学病院の、担当医の外来を受診してください。その際、過去におとりになられた画像(MRI・CTなど)や 検査結果、現在かかりつけの医師からの紹介状などがありますと、病状の判断に大変役立ちますので、お持ちください。一人一人の患者さんをしっかりと診察させていただくため、外来は完全予約制とさせていただいております。お手数ですが、東京大学医学部附属病院の外来予約センター(03-5800-8630、 12:30-17:00)に電話をして予約をお取りください。
  • 当院では、他院にて治療が困難であった、難治性の斜台部腫瘍の治療を行っております。他院で初回治療をお受けになられたり、既に放射線治療などが行われた 患者さんにつきましても、最善の治療を行うことをモットーとしております。脊索腫・軟骨肉腫に限らず、頭蓋底腫瘍の治療でお困りの方は、どなたでも、遠慮 なく御相談下さい。尚、手術などの治療が必要な場合、外来受診から入院までにかかる時間は、患者さんの症状や御病気の状態によって様々です。通常、性急に 治療を必要とする場合を除き、1-2ヶ月以上お待たせする場合があります。お待たせする場合でも、患者さんに不利益のないよう、十分に配慮させていただく 所存でありますので、どうか御了承下さい。

担当医師

脳神経外科 辛 正廣 (しん まさひろ)

連絡先

東京大学医学部附属病院
〒 113-8655  東京都文京区本郷 7-3-1
電話 03-3815-5411(代表)

外来受診

頭蓋底腫瘍外来(毎週月曜日午前)
下垂体腫瘍外来(毎週金曜日午前)
辛医師の初診外来(毎週金曜日午後)
完全予約制です。外来受診につきましては、東京大学医学部附属病院のホームページ( http://www.h.u-tokyo.ac.jp/)を、御参照ください。

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