前立腺癌

Prostate cancer

1. 前立腺癌の特徴

 前立腺は男性に特有の組織で、膀胱の下にあり、その中を尿道が貫いています。(下の図)前立腺の重さは壮年期まで15-20gくらいで、精液の製造や射精に関係しています。

 


 1)高齢者に多い
 前立腺癌は加齢とともにその発症率が上昇します。最近は急速に高齢化が進んでいますが、それに伴って、前立腺癌の患者さんは急増しています。しかし、そのすべての癌が生命の脅威になるわけではありません。わずかの癌細胞であれば寿命には影響しないこともあるわけです。その一方、前立腺癌で亡くなる高齢の方も少なくありません。また、どの治療にもかならず副作用がつきものです。癌が治ってもその方の日常生活に大きな負担が残っては意味がありません。患者さんがある程度の高齢者であると、癌の特徴以外に、その人の天寿や人生観も合わせて治療方法を考えなくてはならないでしょう。

 2)男性ホルモン依存性である
 前立腺癌は男性ホルモンが癌の増殖を促しているといわれています。男性ホルモンの作用を抑えるだけで、癌の進行をかなり抑えることができます。

2. 前立腺癌の診断

● 症状について
  前立腺癌の症状は前立腺肥大症と似ています。トイレが近い、尿の勢いが悪い、切れが悪い、残尿感などです。したがって、症状だけでは癌かどうかの区別はできません。癌が進むと、血尿や骨への転移に伴う腰痛などで見つかる場合もあります。


1)一次検査

  前立腺癌が増加している一因として、血液検査でのスクリーニングが可能となったことがあげられます。血中のPSA(前立腺特異抗原)と呼ばれる腫瘍マーカーが高い値を示す場合、高頻度に前立腺癌が発見されます。しかし、炎症を伴う前立腺肥大でもPSAが高値を示すことがあり、慎重に対応する必要があります。検査を要するPSAの値としては4ng/ml以上が一般的ですが、50歳台では2ng/ml以上でも十分な注意が必要です。
 
PSA高値以外にも、排尿症状のあるとき、触診で前立腺が硬いとき、超音波検査で前立腺の内部に異常があるときにも、癌を疑います。

2)生検

前立腺癌が疑われる場合、前立腺の組織を採取し癌の有無を調べます。肛門から超音波検査の器械を入れ、それで前立腺を見ながら、前立腺に針を刺して組織を採取します。その組織の中に癌があるかどうか、癌が認められた場合にはその悪性度(癌の性格の悪さ)がどれくらいかを、顕微鏡でみて判定します。

3)進展度(ステージ)の検査

 癌と診断されたら、次に癌の進展度(ステージ)を調べます。前立腺の周囲のリンパ節の状態を調べるために、CT検査やMRI検査を行います。前立腺癌は骨に転移をしやすいので、その検査のために骨シンチグラフィーも行います


3. 前立腺癌の特徴

1)手術療法

 明らかな転移がない場合、標準的な治療は前立腺全摘出術となります。
手術では、下の図のように前立腺・精嚢を膀胱と尿道から切り離し、あらたに膀胱と尿道をつなぎ直します。手術は約3時間、出血は1リットル未満で、2-3週間の入院が必要です。輸血が必要になる場合に備え、手術の前にご自身の血液をあらかじめ採取しておくこともあります。手術療法を行う条件としては、転移がないこと以外に、患者さんに大きな持病がなく体力が十分であることが必要です。なお、手術にあたっては、下腹部を切る方法以外に内視鏡を使って少しでも傷を小さくする方法もあります。


2)放射線療法

 前立腺癌の放射線療法も手術と同様の目的で行われます。
この治療の長所は、体の負担が比較的軽いため、大きな持病を持った方、高齢の方でも治療が行えることです。治療効果も手術とほぼ同等です。治療は外来でも可能ですが、6週間くらいの期間がかかります。

問題は、放射線が前立腺以外に、その周囲の膀胱・尿道・直腸にもかかることです。そのため、放射線治療中から終了後数ヶ月の間には、排尿痛、頻尿、下痢、血便などの症状がおこることがあります。頻度はかなり低いですが、数年後になって同じような症状が現れ長く続くこともあります。このような障害を少しでも小さくするために、器械の改良がかなりなされています。また、放射線療法を含めた手術以外の治療に共通する問題としては、治療後に前立腺内の癌がすべて死滅したかどうかを正確に把握できないことがあります。そのため、再発の不安が長く残ることになります。尿失禁はまれですが、勃起障害は時におこるようです。
  放射線療法は前立腺にある癌の治療だけではなく、転移した部位へ放射線をあてて骨折の予防や疼痛の軽減をはかる治療法としても有効に利用されています。

3)密封小線源永久刺入治療(ブラキセラピー)

 この治療は、放射線を出す物質(ヨード125)を入れた小さな金属のカプセル(シード)を前立腺の中にたくさん差し込んで、前立腺の中から放射線をあてる方法です。外からあてるより多くの放射線をかけることができます。
 治療は、麻酔をかけた上で前立腺を超音波で見ながらシードを差し込んでいきます。2時間くらいかかりますが、出血はほとんどなく、入院期間も数日で済みます。治療効果も手術と比べて大きな遜色はありません。ただし、対象となるのは、比較的早期の癌に限られています。また、放射線管理区域といわれる特殊な専用病棟に入院します。手術に比べると、尿失禁や勃起障害の程度は軽いようですが、治療後数年で徐々に悪化してくることもあります。

4)高密度焦点式超音波治療(ハイフー)

 この治療は、特殊な器械を肛門から入れ、そこから前立腺の一点に焦点を絞って強い超音波をあて、その部位を高温(100℃近い)にして組織を焼き切るものです。
 治療は、麻酔をかけた上で前立腺を超音波で見ながら少しずつ場所を変えて超音波を当てていき、前立腺全体を焼きます。前立腺の大きさによりますが、時間は2時間から4時間くらいかかります。出血はほとんどなく、入院期間も数日です。治療効果も手術と比べて大きな遜色はありません。ただし、対象となるのは、比較的早期の癌に限られています。また、この治療は保険がききませんので、自費診療となります(100万円以上かかります)。尿失禁や勃起障害の程度は軽いようですが、治療後数年で徐々に悪化してくることもあります。

5)内分泌治療(ホルモン治療)

 男性ホルモンの作用を抑えることは、前立腺癌の進行の如何によらず、つまり転移した状態の前立腺癌に対しても、有効です。
 男性ホルモンの95%は精巣から、残り5%は副腎からといわれています。精巣からの男性ホルモンの量を減らす方法として、定期的に薬(LH-RHアナログ)を注射する方法と両側の精巣を摘出する方法があり、これで大部分の男性ホルモンがカットされます。もう一つは男性ホルモンの作用を抑える方法です。これには内服薬を使用します。内服薬は数種類あり、それぞれに特徴があります。これらの内分泌治療は、単独、内分泌治療同士の組合せ、あるいは他の治療法との併用で行われることもあります。
 内分泌治療の副作用としては、男性ホルモンのバランスがくずれ女性の更年期に似た症状を起こすことがあります。例えば、のぼせ、乳房の腫れ、手のこわばり、体重の増加、下肢のむくみ、浅い睡眠、性欲の減退、気力の低下などです。動悸、息切れ、胸痛をおこすこともあり、狭心症・心筋梗塞・脳梗塞を起こされたことのある方は注意が必要です。長期になると、骨が弱くなり骨折しやすくなるといわれています。
 それでも内分泌治療は一般には体への負担の少ない治療です。但し、その効果が長く続くとは限りません。また、治療が長期間になると、男性ホルモンの低下に伴う障害が徐々に大きくなってくるようです。

6)抗癌剤

 抗癌剤には多くの種類がありますが、前立腺癌に非常によく効くものはないのが現状です。通常は、手術や放射線治療、内分泌治療などでも十分に治療できない場合に、使用を考慮することになります。ある程度は前立腺癌に有効なものもありますが、副作用とのバランスからその使用には慎重にならざるを得ません。それでも、最近の抗癌剤は比較的副作用が小さくなってきており、外来でも治療が可能となってきています。

7)治療の選択に当たって

以上、前立腺癌の治療法を説明しました。これらの治療は、現在のわが国で受けられる前立腺癌治療のほぼすべてと言ってよいでしょう。文中に述べた治療の特徴はあくまでも一般的なものであり、患者さんの癌の状態やその他の条件によって治療法を選ぶべきです。また、これらの治療単独でいくか、組み合わせて行うかも重要な点です。治療に当たっては担当医とよく相談して下さい。

なお、前立腺癌の治療に関して、東大附属病院の大きな特長は、上に挙げた治療の全てを行っていることです。このことは、単に患者さんが希望すれば色々な治療が受けられるという意味だけではありません。色々な治療を行っているからこそ、担当する医師がそれぞれの特徴を理解しているわけで、このことの方が患者さんにとっては重要なことかもしれません。特定の治療法しかできない施設では、他にどのような治療があるかを十分検討することもなく、その治療を行ってしまう危険があるからです。