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僻地医療体験談

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平成23年度(11生)Aプログラム 大森 亜希 先生 (平成24年4月に「地域医療」として研修先に赴く。5月より協力病院にて2年目研修中)

これからの医療に必要なもの


たんぽぽクリニックを運営する医療法人ゆうの森理事長の永井先生、俵津診療所の看護師の方たちと桜の前で
(写真左が大森先生)

私は今回、愛媛県松山市にあるたんぽぽクリニックという松山市内を中心に在宅医療を専門に行っているクリニックで、1ヶ月間研修をさせていただきました。たんぽぽクリニックは、常勤9名と非常勤2名の医師、その他看護師、OT・PT、事務職員や介護職員、針灸マッサージ師、合わせて計80名のスタッフで運営され、夜間対応も当番制、その他の地域にあるクリニックにも交替で勤務し、当番以外の時には医師や看護師の負担が極力少なくなるようなシステムになっています。このシステムが機能するためには、スタッフ全員での情報の共有が必要不可欠であり、朝のカンファは欠かせません。また、診療情報もiPhoneでクリニック外からも閲覧できるようになっています。

通常の診療では、医師1名と看護師1名がペアになって訪問診療を行います。訪問診療の回数は患者一人につき基本的に月2回、病状が不安定な患者さんにはさらに頻回の訪問診療や往診等を行います。病院で診るのと訪問診療は大きく異なります。病院では患者背景等を推し量ることはなかなか難しいですが、訪問診療では、患者は今まで過ごしてきた住まい、日常の中で診察を受けます。患者背景や患者・家族の思いを尊重し、診察を行います。また、印象深かったことは、病気を治療することに必ずしも重点を置いていないということです。「死」を誰にでも訪れる、当たり前のこととして、患者本人や家族に受け入れてもらうための手助けをすることも医療の役割であるということを実感しました。そのため、「看取りのパンフレット」なるものがあり、終末期の患者家族に前もって渡しておくのです。

一度だけ、在宅での看取りを経験する機会をいただきました。その時、ご家族が目を潤ませながらも笑顔だったことが印象深かったです。家族も本人も満足して最期を迎えることができる医療、それが在宅医療なのではないでしょうか。在宅医療では、後半には単独で訪問診療を行う機会もあり、また、在宅医療だけでなく、僻地の診療所にも赴き、そこで外来も担当させてもらえました。

さまざまな経験ができ、かつ医療に対する今までとは全く違う考え方を持つことができる在宅医療を今の時期に経験する貴重な機会です。是非在宅医療を経験してみてください。きっと、医療に対する新しい考え方を持つことができると思います。

※大森先生からのメッセージは、平成24年5月に寄せていただいています。

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平成22年度(10生)Aプログラム 松宮 由利子 先生 (現在、東大病院プログラム(外科総合コース)にて専門研修中)


お世話になった先生、職員の方と。研修の最後に研修修了証をいただきました。(写真前列左から4人目が松宮先生)

2年目の平成23年4月の1ヶ月間、石川県鳳珠郡穴水町の公立穴水総合病院で、地域医療研修を行いました。病院のある穴水町は高齢化率37.4%と高齢化が進む地域。病院での外来診療・病棟業務のほか、訪問診療や介護老人保健施設等のお年寄りを対象とした地域密着型の医療現場も体験しました。都心では得ることのできない、地域(僻地)医療研修の様子をレポートします。

Daily Schedule



石巻災害医療派遣 雄勝地区の避難所を7名体制で巡回診療

平成23年4月21日から24日までの4日間、東日本大震災の「石巻災害医療派遣」に同行、被災地である宮城県石巻市雄勝町で医療活動を行いました。

雄勝町は、地域の病院スタッフの大半が津波の犠牲になった地区です。公立穴水総合病院からは医師1名、研修医2名、看護師2名、調整員2名の7名で現地入りし、石巻赤十字病院のコーディネートの下、1日に4〜5箇所の避難所を巡回診療しました。主な内容は、感冒症状や持病を持つ患者さんに対する薬の処方等。また、震災の影響で受診できなくなった腹水の患者さんを、整った医療施設へ紹介する等の活動も行いました。

派遣された4月は震災から日も浅く、避難所は6畳に十数名が身を寄せ合う環境。プライバシーをいかに確保するか等、状況に応じて臨機応変な対応を迫られる災害医療の現場を目の当たりにしました。


巡回診療に赴く前のミーティングの様子
(写真右から2番目が松宮先生)

現地に持ち込まれた支援物資

屋上にバスが流された雄勝町公民館
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平成22年度(10生)Aプログラム 小林 宏彰 先生 (平成23年4月に「地域医療」として研修先に赴く。5月より協力病院にて2年目研修中)

東大病院と最も対極に位置する環境での経験、「人を治す」と「病気の治療」の違い、楽しいアフター5


町の診療所で「人を治す」元院長(写真左)。研修医をはじめ県立病院の職員を温かく育む、地域の守り神様です。

これが地域医療研修の1ヶ月を新潟県立津川病院(以下「津川病院」という)で過ごして得たものトップ3です。
最初、津川病院に配属が決まった時は、ホームページを見て、この小さな病院で何が得られるのだろうと若干不安でしたが、終わってみれば色々な面で多くのことを学ぶことができ、とても満足しています。

津川病院は新潟市から高速で1時間程度東に走った所にある、福島県との県境の町、阿賀町にある県立病院です。阿賀町は東京都の半分弱の大きさに14,000人弱が住み、65歳以上が40%を超える高齢化、過疎化が進む町です。医療面では、町には津川病院以外は、町の診療所と開業医合わせて5つあるだけで、町全体で常勤医師は8名程度です。東京の中心地にある大学病院とは完全に正反対な環境にある病院と言えると思います。勿論、院内はほぼ全て紙カルテ、紙オーダーリングです。
研修医の仕事は病棟業務全般、交代で新患外来や救急外来、山奥の僻地への往診がメインです。病棟業務は、研修医は主治医として、上級医と相談しながら、治療や退院決定、家族への説明等を行います。

この病院で一番勉強になったのは、「病気でなく人を治す」ことの意味を少し理解できたことです。東大病院では、検査や手術目的の入院が多く、「病気の治療」を達成すれば、多くの患者さんは歩いて退院されます。時々早期の退院が難しい場合もありますが、「地域医療連携部」に依頼すれば、医師が多くの時間を割くことなく物事が進みます。

一方、津川病院では、「病気の治療」をしてもそれだけでは退院とはなりません。入院される方の平均年齢は優に80歳を超えていますし、病院の性質上、専門的な検査目的の入院は少なく、心疾患、呼吸器疾患や末期がんの方が悪化して入院して来ることが多く、「予定入院」は少数です。そして、超高齢、元々寝たきり、認知症、老々介護等の理由で、病気が良くなっただけでは退院出来ない方が多く、過疎化に加えて地域医療をさらに難しくしています。

従って、入院中や早い場合は入院した時から、退院後を見据えて、退院調整看護師やソーシャルワーカーの方と一緒に、患者さんのご家族と相談しながら、介護サービス、家族による介護、訪問診察、訪問看護等を組み合わせて、スムーズな退院を目指します。津川病院に来て、「病気の治療」は患者さんが元の生活に戻るための1ステップに過ぎないと気付かされました。

また、病院外でも、吉嶺院長をはじめ、病院スタッフの方々とほぼ毎日飲み会や食事会があり、全く知り合いがいない場所に行ったはずなのに、アフター5も日々忙しく過ごさせて頂きました。事務長や看護部長と毎日のように居酒屋で顔を合わせる、そんな雰囲気の病院です。音楽好きの病院長からの楽器レクチャーも楽しみの1つです。

最後になりましたが、少しの体力とopen mindさえあれば、津川病院で充実した楽しい研修ができることは間違いないと思いますので、多くの研修医に津川病院を経験して欲しいと思っています。

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平成22年度(10生)Aプログラム 花木 裕一 先生 (平成23年4月に「地域医療」として研修先に赴く。5月より協力病院にて2年目研修中)

一人の医師として、緊張感や責任感を感じながら患者さんに貢献。充実した研修でした



今回の地域(僻地)医療研修において学んだことは、「地域による患者層の違い」「僻地における総合病院の役割」「医療機関を受診することが難しい患者の治療・予防」についてでした。

今回研修させていただいた男鹿みなと市民病院は、150〜200床前後の病床を持つ地域の総合病院であり、内科・外科・小児科・透析センター等(産婦人科はないものの)患者ニーズの多い診療科が整っていました。その中で、救急外来にてプライマリーケアをメインに研修させていただいたため、診療した患者さんは1歳から100歳までと実に幅広かったことが印象的でした。とはいえ、僻地における患者さんはやはり高齢者が多く、周囲に介護・福祉施設が数多く存在することから、施設で調子が悪くなった高齢者、状態の良くない患者さんを主に診療しました。そのため、緊張感や責任感を感じ、臨床経験の少ない研修医にとってはとても良い経験であったと思います。

主に高齢者の医療を担っていることからも、病院において患者さんを看取る機会も首都圏に比べ多かったように思います。医療を行う場所でありつつも、看取る場所としての役割が僻地の病院にはあり、医療者は患者さんとその家族の希望になるべく沿うようコミュニケーションをしっかり取っている印象でありました。その一方で、患者・家族の希望を実現させることは、医療者にとっての負担となる面もあり、地域に唯一の総合病院が疲弊し、破綻してしまわぬように、医療者間で協力し、工夫をしていたことが印象的でした。医療従事者の少ない地域特有の診療スタイルがあるのだなと僻地ならではの考え方に触れた気がします。

診療所研修では車に乗り医療過疎地へ向かいます。診療所では、多くとも10名弱の外来患者数で、疾患も高血圧、脂質異常症等の慢性疾患の管理が主ではありますが、患者さんにとっては月1回医師に診てもらえるという環境に大変満足している様子でした。それはたとえ研修医の診察であってもです。慢性疾患の管理が主でありますが、今後大きな疾患に罹患する可能性をいち早く感じ取る場でもあり、気軽に救急外来を受診できない患者さん達の異変に敏感でなければならない臨床能力の必要性を認識させられました。

研修医でありつつも、1人の医師として貢献している実感も自覚し、1ヶ月の研修期間ではありましたが、充実した研修を送ることができたと思います。研修中、私の希望を考慮して適宜内容を変更していただきました。そういった点も地域医療研修ならではだと思います。研修を快く引き受けてくださった男鹿みなと市民病院の先生・看護師さんに心よりお礼を申し上げます。

※両先生からのメッセージは、平成23年度初めに寄せていただいています。

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平成20年度(08生)Bプログラム 山本屋 武 先生 (現在、東大病院(糖尿病・代謝内科)プログラムにて専門研修中)

地域医療の醍醐味を体感。総合医というrole modelに出会って。



今年度から地域医療研修の選択肢に僻地医療が加わるということで、実際に現場を体験してみたいと思い、8月に岩手県の奥州市立国民健康保険まごころ病院で、その後さらに希望して2〜3月に高知県の佐川町立高北国民健康保険病院で地域医療研修を経験させていただきました。

研修中はどちらの病院とも病棟業務、外来診療や検査を行いながら、訪問診療を行ったり、訪問看護やケアマネージャーの居宅訪問に同行したり、介護施設で回診を行ったり、さまざまな側面から地域医療の現場を体験させていただきました。まごころ病院は、毎日午後5〜8件程度の訪問診療を行っていて、院長先生の「うちの病院は病棟以外に在宅で100程病床を持っている」との言葉の通り、在宅医療に力を入れているのが印象的でした。高知では2月と3月に1週間ずつ四万十川の近くの診療所(西土佐診療所・大正診療所)でも研修をさせていただきました。コミュニティがさらに小さいため、診療所の先生は家族構成や家の立地等の背景も把握されており、「地域全体を診る」という地域医療の醍醐味を体感できました。診療所から山の中をさらに車で数十分行ったところに出張診療所があり、そこにも多くの方が診療を求めて通って来られていて、地域医療を担う先生方のやり甲斐・使命感を共有できたように感じました。

初期研修は急性期医療を担う大規模病院で行われることが多く、私もそうだったのですが、地域医療研修を通じて急性期から療養を経て、在宅・介護施設へという一連の流れやそこに関わるさまざまな職種の仕事を目の当たりにし、それまでは医療全体のほんの一部分しか見ていなかったことに気付かされました。また、地域医療を担う先生方は幅広く全身を診れる「総合医」であり、医師としての理想像の1つとして、今後自分が医療を提供していく際のrole modelとなることと思います。

東大病院で研修された際には是非実際に地域医療の現場を体験されることをお勧めします。

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平成20年度(08生)Cプログラム 杉元 理子 先生 (現在、東大病院(血液・腫瘍内科)プログラムにて専門研修中)

研修医のうちにしっかり見ておきたかった世界



皆さんが医師になりたいと思った原点はどこにあるでしょうか。私の場合は近所の開業医の先生にあったと思います。所謂「総合内科」「一般内科」の先生です。しかしながら、医学部で6年間大学病院の医師から教育を受け、医学部を卒業する時には自分が目指す医師像が却って分からなくなっていました。研修先を検討していた時、東大病院の研修説明会で、総合研修センターの北村センター長が「東大病院での研修は同期が多く、一生の仲間にめぐり会える」「東大病院は民間から行政まで、臨床から研究まであらゆる分野への道を提供できる」ということを強調されておられました。

医療が細分化され、病院毎に機能が明確化されていく中で東大病院では東大病院でしか勉強できないことがある一方、同じ日本でありながら全く状況の異なる地域の病院でしか学べない、体験できないことがあるのも事実です。

私は3カ月(地域医療必修の1カ月と選択の2カ月)三重県の南端にある紀南病院という約4万人(熊野市・御浜町・紀宝町)の地域住民を支える約300床の病院で研修しました。内科医師主に6人で内科入院、外来、救急患者を支えていました。また、病院の外にも巡回診療に行っていたり、地域住民とのタウンミーティングを行っていたりしていました。本当にその地域に医師が必要とされていることを実感される毎日でした。救急外来では場合によっては小児科、外傷も診ることになり、また専門に関係なく内科医師は消化管内視鏡ができ、エコー検査も自ら行っていました。サテライトを利用して勉強会に参加したり、抄読会をしたり、その地域でしかできない臨床研究を行うなど勉強熱心でもありました。

何よりも病院全体が一丸となってより良い病院にするにはどうしたらいいのか、日々考え新しい事にチャレンジしている姿が印象的でした。病院の外でもコ・メディカルの人達あるいは地域の人達と人間同士として付き合い、人生を共にする医師の姿がそこにはありました。

私の中には常に「専門医」か「総合内科医」か、あるいは「都会」か「僻地」かの選択肢が並んでいます。そのような中で、しっかり両者を見つめる事ができた研修は大変満足のいくものであったと思っています。全く将来の選択肢にないとしても、さまざまな世界を見て体験できる機会は研修時代が最後だと思います。地域医療に限らず様々な分野に門戸が開いている東大病院での研修は大変贅沢なものであったと今実感しています。

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平成20年度(08生)Bプログラム 佐藤 康祥 先生 (現在、外部病院プログラムにて専門研修中)

大都会の中心で研修をする皆さんにこそ、地域医療の現場を経験してほしいと思います。


院内コンサートでバイオリン演奏を披露


瀞峡でのオフのひと時


病院回診。時には声を掛けて・・・

私は2年目の4〜6月の3ヶ月間、三重県の紀南病院で地域医療研修(内科)をさせていただきました。紀南病院に実際に行って、それまで自分が「地域医療」に対して持っていた考えが、いかに都市からの一方的な傲慢な見方だったのかを痛感させられました。

三重県は医師不足が深刻で、中でも「陸の孤島」である紀南病院では臓器別の専門科はなく、内科として全ての臓器の疾患を診ることになります。地域医療というと慢性期の患者ばかりというイメージの方もいるでしょうが、地域で唯一の中核病院である紀南病院は急性期の患者で溢れ、しかも入院しただけでADLが低下してしまうような高齢者ばかりです。しかし、現場では三重大学からの医師の派遣も打ち切られ、自治医科大学出身の若い先生方が、研修を終えた3年目からすぐに救急・病棟・外来・検査の全てを担わざるを得ない状況でした。「屋根瓦方式」ができるようなマンパワーはなく、困ったときにコンサルトできる専門医もいないため、現場の先生方は大変なプレッシャーや疲労と戦いながら、それでもEBMに基づいた最善の医療をしようと高いモチベーションで診療を続けています。

こうした先生方と出会って、厚く守られた環境の中で、自分はなんて甘い考えで研修していたのか痛感させられました。また、紀南病院は研修医にとっては貴重な経験の宝庫です。Common diseaseから稀な疾患まで、内科全般の豊富な症例数、CV挿入や内視鏡等の豊富な手技の機会、診療所や健康教室等、地域に根ざした包括的医療の経験等、専門分化された都会の病院ではできない数多くの経験ができます。

さらに、紀南病院では神島(三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台となった離島)で17年間診療所長を務めた奥野正孝先生が研修責任者として私達を導いて下さいます。奥野先生との出会いも医師人生を揺さぶる出会いとなりました。

大都会の中心の東大病院で研修をする皆さんにこそ、地域医療の現場を経験(できれば2ヶ月以上)して、何かを感じ、それを持ち帰ってもらいたいです。


研修医仲間で
胃カメラ診察の訓練

巡回診療で
笑顔は欠かせない

健康教室では
熱血ヘルス指導を実施

丸山千枚田で
田植えをこなす
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