医局員からの声

留学を終えた医師の声

ミシガン大学

上羽 瑠美(H15年 奈良県立医大卒)

平成15年に東京大学耳鼻咽喉科に入局し,医師15年目になります.

私の専門は喉頭疾患で,特に嚥下障害の臨床に情熱を注いできました.

研修医終了後より,症例豊富な関連病院勤務(NTT東日本関東病院,都立神経病院,亀田総合病院)を経て,現在は東京大学医学部附属病院で,様々な疾患による嚥下障害や喉頭疾患の診療に取り組んでいます.

診療にあたり,私が意識していることは「広く見る,先を読む,前を向く」です.つまり,障害だけでなく全身・全体をよく評価し,治療後の状況を想定し,患者のためにどうすべきかを常に念頭に置いて治療方針を考えています.

我々の医局では,各疾患に対して専門チームが診療にあたるため,専門性の高い治療を患者さんに提供することができます.しかし,専門分野に限定せずいろいろなことにチャレンジすることもできます.学生時代からのテニス好きが高じて,スポーツドクターの資格も取ってしまいました.

私は喉頭専門家を自負していますが,食べることが大好きなので,嗅覚や食品科学分野にも興味があります.日常診療で生じた疑問を解決するため一念発起し,8年目から基礎研究も始め,2012年にはUniversity of Michiganに留学し,嗅覚研究と海外生活を満喫することができました.基礎研究ではタバコや加齢と嗅覚の関係,飲み込みやすいとろみやおいしいゼリーの食品物性,3D動画による嚥下運動解析など,追及したいテーマが尽きません.最近では,ゼリーのレシピをクックパッドに投稿しています.

常に「人を治す手伝い」ができる医者でありたい・・・と思い,悩みつつも日々楽しく前向きに取り組んでいます.この医局では,やる気を実行につなげる土壌,気風があります.多くの先輩方や支え合える仲間,やる気に満ちた後輩達にいつも感謝しています.

ジョンズホプキンス大学

牛尾 宗貴(H9年 弘前大卒)

卒後13年目の牛尾宗貴と申します。弘前大学出身です。13年前には現在の臨床研修制度がなかったので、 私の場合は2年目の中ほどまで研修医として大学で過ごし、 その後は関連病院(国立東静病院、東京警察病院、社会保険中央総合病院)で研修を積みました。 当教室は東京都内を中心に多くの関連病院を有しているため、複数の上司のもとで学ぶ機会が得られます。 これは、多くの選択肢をもつ思考法と高い適応力の養成につながる、当教室の良い点ではないかと思います。

私はその後7年目に帰局し、主にめまい平衡関係の臨床と研究に携わっておりますが、 11~12年目にかけてジョンズホプキンス大学で研究する機会を、また13年目にはミシガン大学で短期間研修する機会を与えられました。 留学は非常に刺激的で得がたい経験となりますが、本人の主体性やアイディアが重要視されます。 一方、「学びて思はざれば則ち罔く、思ひて学ばざれば則ち殆し」といいますが、当教室で教育を受けると勉強し、 考え、また勉強するというプロセスが自然と身に付きます。これは、柔軟な思考法と海外でも通用しうる応用力の養成につながる、 当教室の良い点ではないかと思います。

女性医師の声

東京逓信病院

古川 麻世(H14年入局)

私は現在公立昭和病院で医長として勤務しています。

子供は4歳と2歳になりました。

第1子出産前から現在の病院で北原部長のご指導の下に勤務しており、業務内容は手術や緊急入院も多く、両親からのサポートが受けられない環境にもあり、出産後の復職には大変不安が大きかったです。

復職にあたっては医局から増員という形でご支援頂き、勤務時間に制限があるため上司や同僚からもサポートして頂き、何とか育児と両立しながら勤務を続けています。

また同じ医局員で、育児をされながら研究や勤務を継続された女性の先輩や同期に様々なアドバイスを頂けたことも大きな助けとなりました。

苦労が多い中でも勤務を続けられたのは、医局からのサポートを頂けたことと、臨床の面白さを追求したいという気持ちがあったからだと思います。

当教室には耳科、鼻科、頭頚部腫瘍、喉頭のどの分野でもスペシャリストの先生がいらっしゃり、丁寧にご指導頂けたこと、大学病院、関連病院で多くの経験を積ませて頂けたことが現在の礎となっていると感じる日々です。

制約が多い環境でも臨床医として活躍の場を与えて頂き大変感謝しております。

子育てと両立中の医師の声

公立昭和病院

天谷 鮎美(H23年 福島県立医大卒)

私は2013年に入局し、現在卒度6年目になります。入局前に妊娠が判明し、入局の際には妊娠6ケ月の状態でした。本来ならば、入局に際して、まず妊娠していることを医局の先生方に申し上げるべきでしたが、大変ためらわれました。わずかな勤務期間で産休に入り、出産後も育児休暇をいただくことで、入局早々大変なご迷惑をおかけすることになると思ったからです。ですが、そんな心配を他所に、妊娠のことを当時の医局長の先生に相談させていただいたところ、快く受け入れてくださいました。また山岨教授にご挨拶に伺った際も励ましのお言葉をいただき大変うれしく、また安堵したことを覚えています。結果的に、入局後2ヵ月間、大学病院で研修をさせていただき、10ヵ月間もの産休、育休期間をいただきました。また妊娠期間中の当直の免除や、研修するコースについてもご配慮いただき、産休前の2ヵ月間、体調を崩すことなく、充実した研修を送ることができました。復帰後も、子供の体調不良の際に早退させていただくことがありましたが、あたたかく見守っていただきました。医局の先生方にいろいろな場面でご配慮をいただき、深く感謝しております。私は現在都内の病院で研修をしております。関連病院が都内に集中していることは子育てをしながら働く立場としてメリットがとても大きいと思います。医局の先生方の中に子育てをしながら働く女性の先生も多くいらっしゃり、その先生方の背中をみながら、自らを鼓舞し毎日研修に励んでいます。

東京逓信病院

松田 絵美(H21年 群馬大卒)

私は2人の小さい子供を育てながら、常勤医師として外来や手術をさせて頂いており、充実した日々を送っております。今、上の子は4歳、下の子は10ヶ月です。

私は、虎の門病院の常勤医師として勤務している際(卒後4年目)に長男を妊娠致しました。平日の妊婦健診も、快く行かせて頂けましたし、大きなお腹でも椅子に座ってできる手術は最後まで入らせて頂けました。長男は生後4ヶ月から保育園に預け始め、ゆっくりと慣らし保育をして生後6ヶ月で虎の門病院の常勤医師として復帰しました。当初は、もう少し復帰を延ばしても良いかなと思いましたが、いざ復帰してみるとちょうど良い時期だったと考えております。ブランクが少ないので、私自身としては手術技術が落ちるには至らなかったと感じておりますし、育児から開放され仕事に集中できる時間が良いリフレッシュになっていました。そして家で息子と過ごす時間をより大切にして過ごすことができました。また息子が急に熱をだして保育園から呼び出された時なども、周りの先生方が代診して下さる事もありました。本当に協力的でご理解のある先生方ばかりで、大変感謝しております。

その後、東京逓信病院へ移動となりましたが、この際も、保育園の送り迎えの都合などを考慮して頂けました。おかげさまで着実に症例経験を積むことができ、専門医の資格を取得できました。その後、待望の第二子を妊娠致しました。つわりで辛いときは、後輩医師のみならず、先輩医師までもが雑務を手伝ってくださり、つわり自体も仕事をしていると気がまぎれて、軽く感じました。産休育休中は、医局の送迎会に呼んで頂いたり、東大病院へ手術の見学にいかせて頂いたり、ゆったり楽しく過ごしていました。そして次男が生後10ヶ月の時に常勤医師として復帰させて頂きました。今も母乳の大好きな次男のために、病院で2回/日搾乳をして、翌日冷凍母乳として保育園に持って行っています。先輩たちが良く理解してくれていて、手術が縦に続くと「胸痛くない?搾乳しなくて大丈夫?」なんて声をかけてくださったり、本当に働きやすい環境です。体力的に疲れて夜は落ちるように寝てしまいますが、毎朝「今日もがんばろう♪」と思って気持ちよく出勤できるのは職場の皆様のおかげだと思っています。

私は幼少期に乗馬を習っていて、大きなサラブレッドに大人用の重くて大きなアブミでよじのぼって、馬にしがみついていました。そして医学生の時に、鼓室形成術で摘出されたアブミ骨を指先に乗せてもらって、本物そっくりな形やその小ささに非常に感動した事を覚えています。「人体で一番小さな骨を扱う手術をする耳鼻科の先生ってすごい!耳鼻科って面白そう。」と思ったのが、耳鼻科に興味をもった始まりでした。

耳鼻咽喉科は、各疾患に対して内科的加療から機能手術・悪性腫瘍の手術まで多岐にわたり習得することができる科です。勤務形態も大病院に在籍して手術をバリバリすることもできるし、開業して地域密着の先生になることもできます。また、世界でもトップレベルの研究をしている東京大学の各教室で研究を行いながら、臨床診療をつづけることもできます。私が東京大学耳鼻咽喉科への入局を決めたポイントは、色々な働き方があるのは、とても魅力的だと思ったからです。

そして、開業している先生を含め、医局員が多いので、自分のロールモデルを見つけられたり、相談相手になってくれる先輩医師も沢山見つかると思います。実際に、東京大学耳鼻咽喉科は、医局員の意思を理解してくれ、しっかりサポートしてくれる良い医局です。

迷っている先生がいたら、この医局の雰囲気を感じて欲しいです。大学病院でも関連病院でも良いので、まず見学にいらしてみてください。

日赤医療センター

坂田 阿希(H14年 千葉大卒)

私は日本赤十字社医療センターで常勤の医師として勤務していますが、 2009年9月24日に出産を控え産前休暇に入っている状況です(現在は2009年8月12日です)。 3年前に東京逓信病院で働いていた時に長女を出産していますので、今回が2回目の出産です。産後も日赤医療センターで働いています。

子供を保育園に預けながら、外来や手術をこなすのはとても忙しく、肉体的精神的にもつらいことも多いですが、 それでもやっていけるのは室伏利久前東京逓信病院耳鼻咽喉科部長や矢野純前日本赤十字社医療センター耳鼻咽喉科部長、 大田康現部長はじめ、上司や同僚に大変恵まれていて、 くじけそうなときも「絶対仕事はやめないほうがいいよ」 とか励ましてくださったからだと思います。 他の先生たちの理解、サポートがあるので助かっています。

研修を終えた医師の声

「後期研修をおえて」 (H26年入局)

石丸 純子(H24年 横浜市大卒

2014年に入局し後期研修を修了しました。

耳鼻科の頭頸部腫瘍・耳・鼻・喉頭などの各領域を偏りなく経験することができること、研修体制が手厚いこと、また実際に見学した際の医局の雰囲気などにひかれ入局を決めました。出身大学も違い、初期研修病院も関連病院ではなかったので不安が大きかったですが、医局の先生方はみな温かく迎えてくださいました。

耳鼻科1年目の大学病院での研修では耳鼻科各領域における専門性の診療にふれることができ、また学術的な面も多く学ぶことができました。

その後は市中病院での勤務をおこなっていますが、外来および手術と豊富な経験をつむことができました。こどもから大人まで、診断から治療まで、手術では鼻の内視鏡手術や頸部の外切開の手術などと多岐にわたる診療にたずさわることができました。このように多様性にとんでいる点も耳鼻科の魅力だと思います。

無事後期研修を修了できたのは、大学病院ではもちろん、市中病院にでてからも優しく熱心な指導をしてくださる先生方に恵まれたからだと思います。外来では判断になやむこともありますが、その際にどの先生方にも気軽に相談することができ、また手術も丁寧に指導してくださり経験を重ねることができました。

今後もこの環境に感謝しつつ、日々研鑽を積み診療にあたっていきたいと思います。

「医局員の声」 (H26年入局)

一條 研太郎(H24年 琉球大卒

私は初期研修の2年間を母校で過ごした後、手術の多彩さや、感覚器への興味などを理由に耳鼻咽喉科医を志しました。母校に残るか、故郷に帰るか迷いましたが、最終的には東京大学耳鼻咽喉科に入局を決めました。耳鼻咽喉科は幅広い領域をカバーしており、専門分野も細分化されています。東京大学耳鼻咽喉科はそれらすべての領域において専門家がおり、臨床も研究も精力的に行っている日本有数の医局だと思います。幅広く臨床のトレーニングを受けたいと考え、また研究にも興味を持っていた私にはとても魅力的であり、入局を決意いたしました。

私は出身大学も異なり、関連病院で初期研修したわけでもなく、入局まで全くご縁はありませんでしたが、医局の先生方は温かく迎えてくださりました。各コースの先生方には、お忙しい中でも手術や検査について、基本から丁寧に教えてくださり、大変感謝しております。また、優秀な同期達にも恵まれ、助け合いながら、互いに切磋琢磨することができました。

これまで東京大学附属病院、東京逓信病院、竹田綜合病院で後期研修のトレーニングを積ませていただきました。どの病院においても非常に充実した毎日を送って参りました。臨床に忙しい日々ですが、学会発表や論文執筆の機会にも恵まれております。学んだ知識と技術は財産となっております。まだまだ未熟者ですが、指導医の先生方をお手本として、今後も日々精進していきたいと思います。

「医局員の声」 (H24年入局)

柴崎 仁志(H22年 北海道大卒

卒後8年目の柴崎仁志と申します。北海道大出身です。

初期研修を2年間行ったのち、平成24年に入局とともに東大病院にて後期研修をさせて頂きました。大学病院での後期研修は、耳、腫瘍、気食、外来のコースに分かれており、それぞれのスペシャリストのもとで学ぶことができます。大学病院で1年ほど研修した後は、関連病院で研鑽を積むことになります。各病院では数多くの症例や手術を経験させていただき、御指導頂いた先生方には心より深謝しております。

その後、卒後7年目には日本耳鼻咽喉科学会専門医を取得し、卒後8年目からは東京大学大学院医学系研究科に進学しました。現在は学外の施設にも通いながら、研究を行っている毎日です。研究テーマは「ナノミセルによる癌治療の検討」で、耳鼻咽喉科領域のみならず広い範囲で、日々新しいことを学んでいる最中です。以上のように、大学院進学に関しても、大学院進学の時期や研究内容等に関しても自由度は高いと考えます。

今後も、今まで以上に、臨床に研究に充実した日々を送れるよう、励んでいきたいと思っております。

「研修を振り返って」 (H20年度後期研修医)

井上 雄太(H18年 弘前大卒)

東大病院にて初期研修を2年。耳鼻咽喉科医になりたいと歩み始めてさらに1年。気がつけばあっという間の日々でした。 2年目は必修よりまず耳鼻科から研修したいと思い、4月からお世話になりました。最初は初期研修医の同期がおらずちょっと寂しかったですが、 1年上の先輩方に助けられながら一緒に同じ勉強をすることができるのが刺激になりました。 耳コースでは、 最初側頭骨を削るのがなかなかうまくいかなかったのですが、いざ始めてみると面白くどんどん進みました。 腫瘍コースでは、大変多忙な時もありましたが、内容の濃い充実した研修が過ごせました。 その後必修の科を回りましたが、 耳鼻科の楽し く充実した日々に及ぶものはなく、やはり自分の進むべき道はここだと決めて入局致しました。

3年目は腫瘍コースから始まり、気食コース、外来コースで研修しました。 気食コースでは、 初めて自分の名前が外来に貼り出されるのに自分も耳鼻科医としての一歩を踏み出したのだと実感しました。 色々勉強させて頂きましたが、特に声を確認しながら進めていく音声の手術が面白く感じました。 外来コースでは扁桃摘出術の色々なやり方を教えて頂き、その他にも色々な検査法や鼻のレーザー焼灼などを丁寧に教育して頂きました。 現在は埼玉県立小児医療センターにて研修しております。じっとしてくれず、 泣きだすことも多い子供達の診察に最初は戸惑いましたが多くの患者さんを診察して少しずつ慣れてきました。 上司には温かな配慮を賜り、手術に外来に充実した環境で勉強させて頂いています。もっと色々なことができるように、 まずは目の前にある一つ一つを大切にして、励んでいきたいと思っています。

「研修の思い出」 (H20年度後期研修医)

河村 さやか(H18年 昭和大卒)

2年間の初期研修を終え、右も左もわからないまま東大耳鼻科に入局した2008年の春。その後、 耳コース・腫瘍コース・外来コース・気食コースとまわらせていただきましたが、すべて奥の深い研修ができました。 耳鼻咽喉科の広い範囲の専門的な治療を身近で経験できるのは、東大だからこそできる素晴らしいメリットであると今更ながらしみじみ実感します。

どのコースでも先生方には丁寧に指導していただき、とても勉強になり本当に感謝しております。 現在、虎の門病院で多くの先生に御指導いただき、 充実した毎日を送っております。 自分で判断して診断・治療をすすめていくのは難しく、 周りの先生方に御指導いただきながらなんとか外来をこなしており、 先生方には本当に感謝しております。これからも少しでも多くの事を学びとれるよう頑張りたいと思います。

「研修を振り返って」 (H20年度後期研修医)

後藤 多嘉緒(H18年 東京大卒)

大学での研修が終了して、国立国際医療センター戸山病院に異動してから、早4ヶ月がたちました。 それでも、大学病院での研修生活の一日一日が昨日のことであるかのように思い出されるので不思議なものです。 腫瘍コース6ヶ月、耳コース3ヶ月、外来コース4ヶ月、気管食道コース4ヶ月と少し長めに研修させていただきました。 腫瘍コースでは、術者の先生方の華麗な手術手技と、それによりもたらされる美しい術野に感動する日々でした。 一方で、お亡くなりになっていく患者さんもいて、自分に何ができるかを考える日々でもありました。 耳コースは複雑怪奇な耳の解剖に閉口し、本をよんでわからないことを各先生方に聞く日々でした。 自分自身がよくわかっていないのに、クリニカルクラークシップでまわってきた学生の指導もまかされ、

なかなか忙しい日々をおくっていました。 外来コースでは、各先生がたに、忙しい診療の中でも適切な指導をしていただけたので、 とても充実した日々をおくっていました。 密かに鼻外来等での近藤先生による、 ためになるカンファをいつも楽しみにしていました。 私は音声に特に興味があったので、 気管食道コースを回った時にはとても充実しました。普通のファイバーで観察してもよくわからない嗄声が、 音声専門検査によって病態が推測されていくので、音声外来は毎週の楽しみでした。大学では、 尊敬する先生を何人も持てたことが自分にとってなによりも収穫でした。 国立国際医療センターに異動してからも諸先生方にとてもよく指導していただき、楽しく充実した日々を送っています。 このように恵まれた環境で勉強をさせていただけていることを、とてもうれしく思っています。

「研修を終えて」 (H20年度後期研修医)

安原 一夫(H18年 千葉大卒)

2年間の初期研修後、耳鼻科を選択することを決め、東大耳鼻咽喉科にて2008年4月より御世話になりました。 2年間の初期研修では研修病院の都合もあり、耳鼻科での研修を行なう事は出来なかったため、 耳鼻科の知識が全くないままに3年目として大学病院で働き始めることへの不安は当初大きいものでした。 しかしながら実際に働き始めると、指導医の先生方の丁寧な指導、そして週3回のクルズスと、 耳鼻科経験のない私にとってはこれ以上ない環境であることをすぐに実感でき、大変感謝しております。 大学でのローテートですが、腫瘍コース、耳コースの順に回らせていただき、その後に再び腫瘍コースに戻らせていただきました。 2009年の4月より外来コース、気食コースを回らせていただきました。

医師としての経験が浅い私にとっては手術に携われることは大きな喜びでありましたが、 各コースの先生方とも手術の基本から丁寧に御指導いただき、大変勉強になりました。 また、外勤に出させていただいた際も外勤先の先生方に大学同様の丁寧な御指導をいただきました。 これらが今後の関連病院での手術、診療の際の土台になるものと感じております。 東大耳鼻咽喉科に入局させていただくまでは、医局とのつながりは全くなかったにもかかわらず、 快く受け入れていただいた上、さらに1年3ヶ月に渡り、日々丁寧に御指導いただけたことに、本当に感謝しております。 今後は関連病院での勤務をさせていただくこととなりますが、 この1年3ヶ月の間に経験したことや御指導いただいたことを糧に、 そしてなにより指導医の先生方の耳鼻科医としての姿勢をお手本、目標としてがんばっていきたいと思います。