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グリオーマは日本の原発性脳腫瘍の約1/4を占める脳の悪性腫
瘍の代表格である。悪性グリオーマにおいては、手術を主体とし放射線治療と
化学療法を補助療法とする治療原則と、それによる患者生存期間はこの数十年
間ほとんど変わらない。新しい治療法の確立が待たれるなかで、ウイルス遺伝
子を操作して、腫瘍細胞で選択的に複製する能力を持つ腫瘍治療用の増殖型ウ
イルスを開発する研究が注目されている。単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)
は、病原性に関連するウイルス遺伝子が解明されている点や比較的強い殺細胞
効果などから、特に脳腫瘍治療に適しており、欧米では臨床試験も開始され
た。ここでは、HSV-1を用いたウイルス療法開発に関する最近の進歩を概説す
る。
ウイルス療法の原理
ウイルス療法(oncolytic virus therapy)とは、増殖型ウ
イルスを腫瘍細胞に感染させ、ウイルス増殖に伴うウイルスそのものの直接的
な殺細胞効果により腫瘍の治癒を図る治療法である。HSV-1やアデノウイルス
の場合、腫瘍治療用の増殖型ウイルスは、ウイルスゲノムに遺伝子操作を加え
た変異ウイルスで、腫瘍内での複製能を保ちつつ、ヒト正常組織での病原性が
最小限に押さえられている。腫瘍細胞に感染した治療用の増殖型ウイルスは、
細胞内で複製し、その過程で感染細胞は死滅する。増殖したウイルスは周囲に
散らばって再び腫瘍細胞に感染し、その後、複製→細胞死→感染を繰り返して
抗腫瘍効果を現す(図1)。一方、正常細胞に感染した治療用ウイルスは複製
しないため、正常組織には害が生じない。また、少なくともHSV-1に関して
は、腫瘍内でのウイルス増殖が、腫瘍細胞に特異的な抗腫瘍免疫を誘導するた
め、免疫による抗腫瘍効果の増強が期待できる。HSV-1の場合は、さらに任意
の外来遺伝子をウイルスゲノムに組み込むことにより、増殖型ウイルスを増幅
型ベクターとしても機能させ、外来遺伝子発現による効果を付加することも可
能である。
図1 増殖型遺伝子組換
え単純ヘルペスウイルスを用いたグリオーマのウイルス療法1
)
腫瘍細胞に感染した増殖型遺伝子組換えHSV-1 は、腫瘍
細胞で選択的に複製し、その過程で感染細胞は死滅する。複製したウイルスは
周囲の腫瘍細胞に拡散し、そこでまた感染、複製、腫瘍細胞の破壊、拡散を繰
り返す。ウイルスは遺伝子操作により腫瘍細胞以外では複製できず、正常組織
では病原性を示さない。 |
遺伝子組換え単純ヘルペスウイルス
HSV-1は、腫瘍治療用の増殖型遺伝子組換えウイルスとして
最初に用いられ、脳腫瘍領域では最も開発研究が盛んである。腫瘍治療用ウイ
ルスとしてやはり開発が進んでいるアデノウイルスに比べ、
- あらゆる種類のヒト固形腫瘍細胞に対し感染性が高い、
- 同じウイルス量でより高い殺細胞効果が期待できる、
- 抗ウイルス薬が存在するため任意にウイルス療法を中断
できる、
- ウイルスゲノムが大きいため大きい外来遺伝子を複数挿
入できる、
- 脳浮腫につながる非特異的炎症反応が少ない、
- マウスやサルで安全性や効果の前臨床評価が可能である、
といった脳腫瘍治療に有利な特徴を有する。
腫瘍治療用のHSV-1は、病原性に関連した遺伝子あるいはウ
イルスDNA合成に必要な遺伝子を、遺伝子工学的に不活化/欠失させて、腫瘍細
胞でのみ選択的に複製できるように工夫されている。ウイルス遺伝子を1つだ
け操作したいわゆる第1世代に始まり第3世代まで、腫瘍治療用に開発された遺
伝子組換えHSV-1は、現在までおもなものだけでも30近く存在する1)
。そのうちG207は代表的な腫瘍治療用HSV-1で、γ34.5遺伝子
(病原性に関連)とICP6遺伝子(リボヌクレオチド還元酵素の大サブ
ユニット)とに二重変異を設けて、ヒトの脳内にも投与できるような安全性を
特に重視した第2世代として開発された2)。G207は、培養細胞で
は、ヒトグリオーマや悪性髄膜腫の細胞株に対してMOI0.1(腫瘍細胞1個に対
してウイルス0.1個)の投与量で、2〜6日で全腫瘍細胞を死滅させる(図2)。
マウスでは皮下腫瘍または脳内腫瘍へ直接投与を1回行うだけで、腫瘍増大の
抑制と生存期間の延長がみられた。現在までに60種類以上の細胞株が実験で試
され、G207が血液腫瘍を除くあらゆる種類の腫瘍細胞に有効であることが確認
された。また、腫瘍内直接投与のみならず、実験動物では静脈内、肝動脈内、
腹腔内、膀胱内などの投与法でも抗腫瘍効果をみている。正常免疫マウスの脳
腫瘍モデルでは、G207の腫瘍内投与が腫瘍細胞特異的な細胞傷害性T細胞
(CTL)活性を誘導して、遠隔の脳腫瘍や皮下腫瘍の成長を抑制することが観
察され、HSV-1を用いたウイルス療法の抗腫瘍効果には、ウイルスの殺細胞作
用に加えて抗腫瘍免疫が大きく関与していることが判明した3)。
この性質を利用し、最近、G207のα47遺伝子(感染細胞のMHCclassIの
発現抑制に関与)にさらに変異を加えて、G207の安全性を保ちつつウイルスの
腫瘍内複製能を増強させた第3世代HSV-1(G47Δ)が開発され、将来の臨床応
用が期待されている4)
| 図2 ヒトグリオー
マ細胞におけるG207 の殺細胞効果1
) |
?Mock (ウイルスなし)
 |
?G207 感染2 日後
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|
| Mock (ウイルスな
し)およびG207(MOI=0.1)を感染させた2
日後のU87 ΔEGFR (ヒトグリオーマ)細胞。G207では
ほとんどの細胞が死んで丸く変形している。 |
悪性グリオーマを対象とした臨床試験
1998年から再発悪性グリオーマ患者に対するG207の第?相臨
床試験が米国2施設で21例を対象に行われた5)。増殖型ウイルス
としては米国で初めてのヒト脳内投与であり、マウスとサルを用いて事前に徹
底的な安全性チェックがなされた。治験では3例ずつ段階的に投与量を増やし
た結果、最高量の3×109pfu(プラーク形成単位)でも安全に脳腫
瘍内に投与できることが確認された。抗腫瘍効果も示唆され、さらに第?b相臨
床試験へ進んだ
比較的病原性の強い親株に由来しγ34.5遺伝子のみ
を欠失する第1世代遺伝子組換えHSV-1(1716)も、再発悪性グリオーマ患者を
対象に第?相臨床試験がイギリスで行われた6)。こちらも少なく
とも105pfuまでの脳腫瘍内投与の安全性が確認されて次の段階に
進んでいる。
今後の方向性
ヒトの脳にも安全に増殖型HSV-1が投与できることが確認さ
れた現在、より抗腫瘍効果の強いHSV-1の開発が進められている。その際、安
全性を犠牲にしないことがウイルス療法普及の鍵であり、第3世代のG47Δなど
は開発方向性を示すよい例である。組織特異的プロモータでウイルス遺伝子を
制御して、特定の腫瘍で選択的に複製するHSV-1の開発も試みられている。し
かし、G47ΔのようなHSV-1でも高い腫瘍選択性が得られていることから、むし
ろ外来遺伝子を腫瘍治療用HSV-1に組み込んで、殺細胞作用以外に機能を持つ
増殖型HSV-1の開発が当面主流になると思われる。腫瘍内でのHSV-1の複製と細
胞破壊が抗腫瘍免疫を惹起することから、免疫刺激因子を発現する増殖型
HSV‐1は効果増強が期待され、すでにIL-12発現型HSV-1など複数開発されてい
る。GM-CSF発現型HSV-1は英国で固形癌患者を対象に臨床試験が行われる。
まとめ
ウイルス療法は、ウイルスが腫瘍細胞を殺しながら腫瘍内
で増幅していくという新しい発想に基づいており、また手術、放射線、化学療
法などの従来の治療法とも併用が可能であることなどから、近い将来グリオー
マ治療の重要な一翼を担うようになると思われる。さらに、特異的抗腫瘍免疫
を惹起することから、免疫療法との併用による相乗効果も期待できる。今後
は、欧米だけでなく、日本においてもウイルス療法の開発が進むことを期待し
たい。
文献
- 稲生靖、藤堂具紀:単純ヘルペスウイル
スを用いたウイルス療法.高倉公朋(監修):先端医療シリーズ18:脳神経外
科「脳腫瘍の最新医療」,p.18‐24,先端医療技術研究所,東京
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- Mineta T,Rabkin SD,Yazaki T et al :
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- Todo T,Rabkin SD,Sundaresan P et al
: Systemic
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- Todo T,Martuza RL,Rabkin SD et al :
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- Markert JM,Medlock MD,Rabkin SD et
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- Rampling R,Cruickshank G,Papana‐ stassiou V
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virus (ICP 34.5 null mutant 1716)in patients with
recurrent malignant
glioma. Gene Ther 7 :859-866,2000
リンク
ウイルス療法
藤堂具紀
〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
東京大学医学部附属病院 脳神経外科
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